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番外編: Homunculus [8]

「そうだ、俺の荷物で残ってるものあるか?」  ヨエルと話しつつ、ウィルバートはここへ来た一番の目的を思い出した。 「ああ、全部あるよ。何も捨ててない」  ヨエルはそう言って保管場所へ案内してくれた。  突然輝飛竜に攫われ姿を消したウィルバート。ヨエルとニーナはそんなウィルバートの持ち物をちゃんと保管してくれていた。 「ま、そもそもそんなに多くないしな」  広い物置部屋の片隅に置かれた木箱二つ。中を開けると服や雑貨などが丁寧に納められていた。 「死んだと思わなかったのか」  中を物色しながらウィルバートがヨエルに問うとヨエルは「思ったさ」と笑った。 「あの状況で生きてるわけないって思ったよ。皆そう思いつつも受け入れられなくて、ニーナなんて三ヶ月くらい毎日めそめそしてるし、それで兄妹喧嘩もした」  なのにこの兄妹は靴下一つ捨てずに取っておいてくれたのだ。感謝してもしきれない。 「なのにしっかり生き延びて、ちゃっかり愛しのマティアス様と婚約してくるし、随分楽しく過ごされたご様子で何よりですよ」  ヨエルはやれやれと両手を上げた。 「ああ、良い婚前旅行になったよ」  ウィルバートが笑い惚気るとヨエルは「まったく、うらやましいねぇ」と肩をすくめる。そんなヨエルを横目で見つつ、ウィルバートは目当てのものを見つけた。 「あった」 「ん? ああ、ラフ画か」 「ああ、何か解決策が見つかればと思ってさ」  箱から取り出したその紙束をパラパラと捲り、そして気付いた。 「見たか……?」  恐る恐るヨエルを見た。ヨエルは視線を泳がししつつ控えめな声で「すまん」と謝罪してきた。  自分がどんな絵を描いていたか再度確認する。ラフ画を捲りながらカーッと熱が頭に昇るのをかんじた。  ラフ画にはマティアスの衣装が描かれている。そこには真夜中に鬱々と描いたものもあり、人には見せられない破廉恥な衣装もあった。まさにウィルバートのマティアスへの欲望そのものだった。 「いや、その……陛下が行方不明って大変な状況だったけど、誕生日祝賀会での陛下の衣装がやっぱり大好評で注文が殺到してさ、新しい図案も必要で参考にさせてもらおうと思ってだな……」  ウィルバートはヨエルへ身体を向けると距離を詰めヨエルの顔を見つめた。睨みつけたと言った方が正しい眼光で。 「服作りに使えるものはかまわない。だが、それ以外は忘れろ。記憶から消せ。抹消しろ!」 「わ、分かったっ! 分かったから!」  ヨエルはウィルバートの迫力に押されコクコクと頷いた。  私物をそのまま置いておくのも申し訳ないのて、ウィルバートは木箱二つを回収し、乗ってきた王城の馬車に積んで帰ることにした。  馭者に木箱を託し積み込んでいる間、馬車の近くでヨエルとニーナの三人で立ち話をしていると見物人がワラワラと集まってきた。 「ウィルバートさま〜!」  人垣の中から名を呼ばれ、呼ばれた方に視線をむけると若い娘たちが手を振っている。戸惑いながらも軽く手を振り返すと「きゃああぁぁ」と娘たちが歓声をあげた。 「今をときめくウィルバート様人気、凄いわね」  ニーナが驚きつつ人垣に視線を向ける。 「美しき王を守り抜いた稀代の騎士が、あんなイヤらしい絵を……痛てぇっ!」  ヨエルはそれを見つつニヤニヤしながら囁いてくるので、ウィルバートはヨエルの足を踏みつけた。 「あー、あのラフ画のこと?」  ニーナが人垣に向けていた視線をウィルバートに向けて尋ねる。まさかニーナが知っているとは思わなかったウィルバートは驚き言葉を詰まらせた。 「兄さん、あのラフ画『十年くらい経ったら公開してもいいかな?』って言ってたのよ?」 「いや、本気じゃないよ。ニーナが落ち込んでたからちょっと冗談を言っただけだ」 「あんな状況でそんな冗談、普通言う?」 「いや、本気だな。ヨエルはどんな時も商売人だから。友の死だって結婚だって活用できるものはなんでも使う」  ウィルバートとニーナは二人でウンウンと頷き、ヨエルは「二人とも酷いなぁー」と情けない声を上げ、ウィルバートはその困り果てた顔を見て吹き出した。  ウィルバートは生きて帰還できて本当に良かったと思った。色々な意味で。

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