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番外編: Homunculus [7]
「カイ! 久しぶりだな!」
「よお、突然悪いな」
六月に始め。婚礼衣装について解決策が見つけられない状態をなんとか脱出したいウィルバートは古巣であるテーラーアールグレンを訪ねた。
「どこの馬車かと思ったよ」
ウィルバートを出迎えたのは店主でかつての仕事仲間のヨエル。ウィルバートは人々で賑わう広い店内を見渡した。
「大盛況だな」
「ああ、お陰様で」
ここは今までの小さな工房ではない。
このテーラーアールグレンがマティアスの誕生祝賀会用の衣装を作ったこと。さらにその仕立て師の『カイ』がマティアスの婚約者となったことで、このテーラーには今依頼が殺到している。
これまでは注文を貰いにヨエルか貴族の家を回っていたが、今は客が自ら工房に足を運ぶようになった。そうなるとあの工房では手狭になり、つい先月大きな店舗へと引っ越したのだ。
人も数名新しく雇い、ヨエルの妹ニーナも重要な仕立て師の一人として働いている。ちょうど接客していたニーナがウィルバートに気付き控えめに目礼してきた。ウィルバートも小さく手を振り返した。
「忙しい所すまんな。ちょっと話せるか」
慌ただしい店内を見つつ、ウィルバートは日を改めるべきかと思いつつヨエルに尋ねた。
「ハハッ、まさか! 今をときめくウィルバート様より優先すべき案件などございませんよ」
大げさな身振りで話すヨエルをウィルバートは肘で小突いた。
ヨエルは立派な応接室にウィルバートを通してくれた。
「カイもだいぶ忙しそうじゃないか」
「いや、そうでもないよ」
「そうなのか。でも全然顔見せないから」
「気軽に出られないだけだ」
『黒霧の厄災』から帰還後、ウィルバートはすぐにヨエルとニーナに会いに帰った。その時はまだあの小さな工房にいた二人は泣いてウィルバートの生還を喜んでくれた。
あれから三ケ月。ヨエルとニーナは必死に働いてる。このチャンスを無駄にせず店を安定させようとしているのがウィルバートには手に取るようにわかった。
(なんだか、うらやましいな……)
ウィルバートは仄かにそう思ってしまった。
「で、どうしたんだよ。今この国で一番幸せな男が随分と浮かない顔だな」
ウィルバートの陰った表情を読み取ったヨエルがニヤニヤと笑う。ウィルバートは苦笑いを浮かべつつ答えた。
「婚礼衣装を作る命をマティアスから受けたんだ」
「おおー、凄いな! でもまあ当然か。それで、不安になってるのか?」
ウィルバートは出されたお茶に口をつけて小さく息を吐いた。お茶はニーナではなく新しくここに入ったメイドが淹れてくれたものだ。色々なことが変化している。
「伝統にも則りたいと思って、昔から城に仕えている仕立て師に相談したんだ。でもバッサリだった。『貴方が陛下の伴侶に相応しいとは思えない』って……」
ヨエルはブハッと吹き出した。
「凄い! 男でも嫁いびりされるんだな!」
正直ウィルバートもヨエルと同じことを思った。でも違う気がするのだ。
「その仕立て師は、俺のラフ画を見てからそう言ったんだ。だからきっとラフ画に問題があったんじゃないかと思うんだ。……いやでも、本当は『嫁いびり』なのかもとも思ってはいる」
訥々と語るウィルバートに対してヨエルはいつもはうるさい口をつぐみふんふんと聞いている。
「どちらの可能性もあると思うが、仕立て師としてダメな部分は解決したいんだ。『男の妃』って部分への嫌悪感なら、そう思う民は大量にいるだろうからその仕立て師一人を説得しても意味はないと思ってるが、」
ふとヨエルが眉を上げてウィルバートを見てきた。何か言いたそうなので話を止め話すように促す。
「いや、そんなに大量ってほど反対派はいない気がするぞ」
「いやいや、王が男と結婚したいだなんて、民の大半は反対してるに決まってる」
ヨエルの楽観的な発言にウィルバートは反論したが、ヨエルはさらに話を被せてくる。
「普通の王様なら、ね。でもマティアス様は『黒霧の厄災』を鎮めた王だ。しかも一人で挑んで、さらに伝説のセラフィーナ様とクラウス様も連れて生還された。そしてお前はその王を守り抜いた英雄じゃないか! 王がその英雄と添い遂げたいって言ってるんだ。誰が反対するんだよ!」
興奮気味に、そして嬉しそうに語るヨエルをウィルバートは呆気にとられ見つめた。
『黒霧の厄災』後、城からは事の顛末が国中へと発表された。
光飛竜に攫われた王と仕立て屋が生きていたこと。
火焔石の使用が原因で『黒霧の厄災』が起こったこと。
厄災を鎮める為に山へ向った王と、それを追った仕立て屋が一度は死んだこと。
伝説の王子と王女が時を渡り戻ったこと。
王と仕立て屋は王子と王女に蘇生されたこと。
王族三人でバルヴィア山の魔物を鎮めたこと。
火焔石は妖精が閉じ込められていたこと。
それを王族三人で解放し、バルヴィア山は消滅したこと。
「城の発表は大げさに盛り立ててるんだ。俺は何もしてない。マティアスの周りで、ただのたうち回ってただけだ」
「でもさ、マティアス様を独りでは逝かせられないって思って、山に向ったんだろう?」
ヨエルの問いにウィルバートは「まあ……」と控えめにそれ肯定した。マティアスが一度死んだあの時のことを思い出すと今も胸が苦しくなる。
「自らの命を捨てでも陛下と共にあろうとしたお前の想いに多くの人が真実の愛だと感動してる。それにだ! 輝飛竜に攫われた陛下を救った時点で英雄なんだよ! あれで陛下が助かってなければ『黒霧の厄災』で国民全滅だってあり得たんだ! お前がこの国を救ったも同然じゃないか!」
ウィルバートは目を見張った。
輝飛竜との対峙はとにかくマティアスを助けたくて必死だった。国王だからとかどうでもよくて、ある意味自分自身の為に動いたと言っても過言ではない。
「あの輝飛竜との戦いは目撃者も多いからな。あんな頼りないサーベル一本で飛竜に飛び乗ってさ、近衛兵の誰よりも陛下を助けようと必死だったのがお前だよ」
ヨエルはウィルバートを見て「何驚いた顔してんだよ」と笑った。
ヨエルが身内贔屓でそう楽観的に思っているだけかもしれない。しかしウィルバートは沈んでいた心が少しだけ浮上する感覚がした。
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