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番外編: Homunculus [13]
「是非またお越しくださいね」
「はい!」
見送る黒髪の娼婦に無邪気な返事をするマティアス。
(はい、じゃないだろ。はい、じゃ)
ウィルバートは軽く会釈するとマティアスに寄り添い娼館を出た。
「一人でなんて絶対来ちゃダメだからな!」
「もちろん。一緒に来ような」
マティアスはそう嬉しそうに話す。
まったく、娼館のいかがわしい部屋に連れ込んでいかがわしいことでもしてやろうか、と思い、それはそれでアリか、などとさらに思い巡らせる。
人々で賑わう夜の花街。ウィルバートはマティアスの一歩後から護衛しながら進んだ。
雑踏を抜けていくと時折「え? 陛下?」「マティアス様だっ!」と驚く声が聞こえてくる。特に変装をしているわけでもなく、もはやマティアスの象徴となっている黒衣と、それに対比するような金色の髪のせいで遠目に見ても国王マティアスそのものだ。
「ヤバい。結構気付かれてるな」
「大丈夫だよ。我が民達は皆、礼儀正しく親切だ。子供の頃は二人でよく出歩いただろう?」
マティアスはそう微笑み、声がした方に向ってにこやかに手を振る。
「ほら、ウィルももう王族になるんだから。笑って」
マティアスにそう促され人々に微笑み返してみた。だれも自分からの反応など求めていないだろうと思ったが予想に反して嬉しそうな笑顔と歓声が返ってきた。
「石を投げられてもおかしくないって思ってた」
ポツリと口にするとマティアスが「なんだそれは」と驚き、そして笑う。
「なにしろ俺は民たちの大切な王子サマに手を出した不届者だしな」
「そんなふうに思っていたのか。うるさいのは王族や貴族で、市井の者たちはきっと祝福してくれると私はわかっていたよ」
マティアスは誇らしげに語る。
民たちは王子時代からよく知るマティアスの幸せを願っているのだろう。その王が望むのなら伴侶は男でも良いと思ってくれているのかもしれない。
「これなら婚儀後のパレードでキスしても許されそうだ」
「しないつもりだったのか? 私はする気だったぞ」
冗談めかして呟いた言葉にマティアスは驚いたように真面目な顔で返してきた。それから歩みを緩めるとウィルバートの真横に並び、その腕に手を絡めてきた。してとびきり美しい顔で微笑みを向けてくる。
マティアスが暗に伝えようとしていることをウィルバートは理解した。
――私と対等に並び、対等に歩け。
――お前は私の伴侶なのだから。
そのまま二人腕を組み、雑踏の中を城まで歩いた。声を掛けられれば二人で手を振った。その姿はきっと恋人であり、夫婦であると誰もが思ったことだろう。
城に帰り着くと城内は大騒ぎになっていた。国王、その婚約者、王子、が一度に行方不明になっていたのだから。
ウィルバートはマティアスと共にベレフォードに滾々と怒られた。しかし説教の途中で何故かマティアスが吹き出し、ベレフォードの怒りにさらに油を注いだ。
「陛下っ! 御身のお立場をお分かりかっ!」
「すまない、ベレフォード。なんだか懐かしくなってしまって……」
マティアスは目尻を拭い謝るがまだ笑っている。思えば子供の頃はよく二人でこうしてベレフォードに怒られていた。
一度は失った記憶。
改めてなぞるマティアスとの無邪気な子供時代につい頬が緩んでしまいウィルバートもベレフォードに睨まれた。
「まったく! 二十代後半にもなられた国王を子供のように叱るなんてこと、させないでいただきたいですぞ!」
「いやいや、いつまでも叱ってくれよ。もう私を叱れるのはお前とウィルだけなんだから」
微笑みながら伝えるマティアスにベレフォードは『やれやれ』と退出していった。
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