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① 生まれ変わってもまた猫でした

「アル~。アル~、どこだー?」  遠くから僕を呼ぶ大好きな人の声が聞こえる。レオは家の中をあちこち探し回っているのだろう。その声は近付いたり少し遠のいたりしながら、繰り返し僕の名を呼び続けていた。  すぐにでも返事をして出ていって、自慢の喉を鳴らして癒やしてあげたい。大好きだよって、思いきりスリスリしてあげたい。  でも、ダメなんだ……。  猫は最期の時が近づくと、飼い主の前から姿を消すと言われている。僕も例外ではなくて、自分の命の灯火が残り僅かだと悟って、普段入るのを嫌がっていたクローゼットの奥に身を潜めていた。大嫌いだった病院に行く時に使用していたキャリーが置いてあるから、きっとレオは探しに来ない。ちょっと嫌だけど、見つからないという安心感とともに、キャリーの中に横たわった。全身の力がスーッと抜けていく。  僕は、大好きなレオの顔を思い浮かべた。ありがとう、だいすき、さようなら──。 「にゃ……ん」  僕は最後の力を振り絞って、もう誰にも届かないようなか細い声で鳴いた。幻聴と思われてもいいから、最期に大好きなレオへ届くように願いながら……。 ◇  身体をまとっていた、だるさや息苦しさが無くなったと感じ、そっと目を開けてみた。見渡す限りの真っ白な空間。今までこんな場所は見たことがない。きっとここが天国で、神様が出迎えてくれるんだ。そう思うと、楽しみで胸が弾んだ。  僕は自分の命が短いと分かった時、レオと話せるように、今度は人間に生まれ変わりたいと願った。辛い治療にも耐えて頑張ったのだから、きっと神様はお願いを聞き入れてくれたはずだ。そう信じて疑わなかった僕は、ワクワクした気持ちのまま、パッと両手を広げてみた。  あれ……っ?  期待とは反して、僕の目の前にあるのは、真っ白な毛の生えた、見慣れた猫の手だった。おかしいなぁ? 僕は小さく首をひねった。あ! きっと見た目は猫のままだけど、人間の言葉は話せるのかも! そう気持ちを切り替えて、ドキドキながら声を発してみた。 「にゃーん……」  けど、人生……いや違うな、猫生? が、終わる時にレオへ思いを馳せながら出した声と、全く同じ音が耳に入ってきた。手も声も、体全体を覆う白い毛もお尻からシュッと伸びる尻尾も、前と何ひとつ変わらなかった。  なーんだ。僕は、生まれ変わっても『猫』なんだ。そういう運命なんだね。  少し寂しかったけれど、慣れた猫なら戸惑うこともないし、これはこれで良いかもしれない。うんと、心の中で頷いて気合を入れ直すと、ぐーんと大きく伸びをした。体がとても軽い、天にも登れそうな気がする。自然と笑みがこぼれた。猫だから周りから見てもわからないかもしれないけど。  僕は、真っ白な毛並みのオス猫だ。ちょうど一歳になった頃、餌も満足に食べられず弱っていたところをレオに拾われた。けれど、保護された時にはすでに病にかかっていて、レオとの生活は病院と家の往復だけだった。  そして治療の甲斐もなく、二年という短い人生を閉じることになったけど、レオと暮らした一年間は、かけがえのない幸せな時間だった。   僕の人間に生まれ変わりたいという願いは叶わなかったけど、慣れた猫に生まれ変わったし、今度は前よりも長く生きられるかな……。僕はクローゼットの中で迎えた最期を思い出すと、きゅっと胸が痛んだ。  僕のこれからのことを相談したかったし、まずは神様にご挨拶してからと思ったけど、しばらく待っていても出てこない。もしかして、ここじゃなくて他の場所なのかな? そう考えて首をひねったけど、また後で訪ねてみればいいかなと思い、僕の毛色と同じ真っ白な空間から一気に飛び出した。  僕の新しい人生の旅立ちは一人……一匹でのスタートだけど、これからたくさんの出会いがあると思うと、ワクワクが止まらない。転生前は自由に動かせなかった体も、今は動きたい放題だ。飛んでも跳ねても疲れない。僕は嬉しくて、楽しくて、大きな声でにゃーんと空に向かって歓喜の鳴き声をあげた。
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コメント
2件のコメント ▼
iku 2024/8/15

アルくん登場ですね🥹ありがとうございます💕 あれっ💦神様…?どちらに行かれているのですか?🤭😍

ikuさん、コメントありがとうございます🙇‍♀️ 転載にあたり久しぶりに読み返したんだけど、あの二人の話と書き方が違うなーと思いながら読んでました。 楽しかった(笑) 神様ねー、多忙だから。 ほら、色々企画とかもあるし(笑) 🐟も続きが気になるよねぇ🤣

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