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② 猫を保護しました
「なあ、あの広場に、また転生してきたやつがいるらしいぞ。しかも猫だって 」
「え? 野良猫じゃなくて? 本当に転生なのか?」
「目の前に突然現れたらしい。猫の転生なんて珍しいよな。保護しようとしたら逃げちまったらしい。ライオネル、お前のお仲間かもよ? ちょっと探してこいよ」
唯一店内にいた客にコーヒーを出したあと、カウンターに座って友人であるヘンリーとそんな会話をしたのが昼前のこと。
静かな街の片隅にひっそりと佇む小さな書店。そこに併設されたこぢんまりとしたカフェは、俺のアルバイト先だ。もともとそんなに繁盛しているとはいい難いお店だったが、今日は面白いくらいに客が来なかった。店内にいるのが常連客だというのをいいことに、俺はカウンターに座り、くるりとカールした明るい栗色の髪を指で弄びながら、ヘンリーの話に興味深く聞き入っていた。
この街では、何故か街の真ん中にある公園の一角に、転生者が突如として現れる。しかも転生してくるのは皆獣人だ。珍しいことではなく、それなりの頻度で現れるので、誰も驚くことはなかった。けれど今回の転生者は、猫獣人らしいのだ。この街に猫獣人が現れたのは、過去何十年遡っても一人しか記録になく、その一人というのが俺のことだった。
この街に来る前の記憶は一切なく、もともと獣人だったのか、他の種族だったのか、転生してきたのか、記憶を失っただけなのか、全くわからない。唯一覚えていたのが、名前を聞かれた時に浮かんできた『ライオネル』という名前のみ。この名前さえも自分のものなのかたまたま浮かんだだけなのか、それすらも分からなかった。
そんな状態でこの街に現れた俺を助けてくれたのが、先程のヘンリーの祖母ヘレンだった。困りきった俺に手を差し伸べ、綿菓子のようにふわふわと甘い笑顔を向けてくれた。その幼さを残した笑みに、俺の緊張した心はゆっくり溶けていったのを覚えている。
右も左もわからない俺に手を差し伸べてくれただけでなく、住まいも働き先も提供してくれた。今働いているこのカフェは、ヘレンがオーナーだ。男手が増えて助かるわーなんて言ってくれるヘレンには、本当に頭が上がらない。いつかちゃんと恩返しができたらいいなと思っている。
先程まで聞いていたヘンリーの話によると、公園に現れたのは完全に猫だったらしい。ただの野良猫の可能性のほうが高いと思うのに、もしかしたら、珍しい猫獣人の転生者かもしれないという思いも捨てきれない。
今日はヘレンに許可を取り閉店時間を早め、お昼過ぎには店じまいをし、はやる気持ちを抑えつつ公園へと足を運んだ。
◇
公園に辿り着くと、俺は一直線に殆ど使われていない遊具の裏へと回った。なぜか分からないけど、そこにいるのを初めから知っている気がして、足が勝手にその場所へ向かったんだ。
「あ、やっぱりいた」
俺の口からは、意志とは関係なしに言葉が漏れた。やっぱりってなんだよ、俺ここに来たの初めてなんだけど。自分の言葉に困惑しつつも、俺はその場所に静かにしゃがみこんだ。目の前には、グレーの毛色の猫が、小さく身を隠すように丸くなっていた。
こんな場所では、警戒心を解いて休むことは出来ないだろう。すぐこちらに気付き顔を上げた猫は、不安げに瞳を揺らした。
そんな猫の姿を見て、自身がこの街に来たばかりの頃の不安な気持ちを思い出し、大丈夫だから安心して……と、ゆっくりと数回瞬きをし、ニッコリと微笑みかけた。
「はじめまして、ライオネルです。キミに会いに来たよ」
まるで人間相手に自己紹介をするように声を掛け、そっと手を差し出した。でも、自分より大きな人間に突然出された手は、猫にとっては怖いものでしかないだろう。グレーの猫はビクッと小さく震え、耳をぺたりと倒した。
「あー、ごめん、怖かったよな。……ああ、固まっちゃってる」
怖がらせないようにと思ってもうまくいかずに、でもペタリとした耳が可愛くて、俺は申し訳ないと思いつつヘラリと笑った。そして差し出した手を引っ込めると、なるべくびっくりさせないように、優しく声をかけた。
「俺ね、一人暮らしで寂しいんだ。だから、キミには話し相手になってほしいんだよ。……美味しいご飯とお布団を用意するので、今から家に来ませんか?」
猫相手にまるで交渉するかのように話すなんて、普通だったら変な人扱いされるのかもしれない。けれど、獣人が多いこの街では、動物相手に普通に話しかけるのは、決しておかしいことではなかった。
俺は優しく声をかけながら、怖がらせないように、そーっと背中をなでた。グレーの猫はちょっとびっくりしたようだけど、俺に敵意がないとわかってくれたのか、撫でたその手を遠慮がちにぺろりと舐めた。
猫にとって手を舐めるという行動は、相手への警戒心を解き、心を許した時だ。言葉は交わさなかったけど、俺の提案が受け入れられたことを意味していた。
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