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新しい日常 ②
「ね、環。来て」
「えっ!? はっ!?」
「さっきの、聞いてたでしょ? みんなに紹介するから」
「え、ちょっ」
そう言って有無を言わさぬ口調で手を引かれて、そのまま露木君の部屋へと連れ込まれ、沢山の機材に囲まれた椅子の前に座らされる。
「ち、ちょぉっ! 露木くん!?」
「いいから、座ってて」
そう言って露木君は俺の頭にヘッドフォンを付けると、パソコンを操作し始める。
「ねぇ、 俺、配信なんて聞いてないんだけど」
「言ってないからね」
「はぁ!?」
しれっととんでもない事言ったぞ、この人!
「なんで言わないんだよ!」
「言ったら、環は絶対やだって言うだろ?」
「当たり前だろっ!」
「僕が、配信を止めない条件。環はちゃんと守ってくれるんだろ?」
「~~~っ」
そう言う事かよ! 確信犯め!
『お待たせしました。僕の親友で、新しい相方の『TAMA』です』
「ち、ちょぉっ!! TAMAって何!? 俺、猫みたいじゃんっ!」
『えー、可愛いと思うんだけどな』
「可愛くない!」
『え~、可愛いよ。はい、みんなもTAMAに可愛いって言ってあげて』
露木君に促されるようにして、コメント欄には『TAMA君可愛い』なんて言葉が流れていく。
「ち、ちょぉ! リスナーを煽んなよっ」
『えー、じゃぁTAMA以外に何て呼べばいい?』
「うっ、そ、それは……っ」
そんな事、突然言われたって答えられるはずが無い。
『ほら、思いつかないだろ? 似合ってるじゃんTAMA。可愛いよ、TAMAって名前』
「ううっ、タマ、タマって連呼すんな!」
そこから先はなにがなんだかよく覚えていない。ただひたすら、露木君が俺を弄って、始終コメント欄を賑わせていた。
「っとに、最悪っ! 事前に教えてくれたって良かったのにさぁ」
初めての配信を終え、ぐったりとソファに突っ伏した俺。その隣に座った露木君が、クスクスと楽しそうに笑った。
「ごめんね、元々一人でやるには限界を感じてたんだ。二人ならもっと世界が変わるんじゃないかってずっと思っててさ。でも、きっと事前に言ったら、環は断ってただろう?」
「……」
確かに、前もって言われていたら何だかんだと理由を付けて、俺は断っていただろう。
「誰でもいいわけじゃないんだ。僕、人見知りだから全然知らない相方とか無理だし。でも、環となら自然体で居られるかなって」
「っ、それは……」
露木君の真っ直ぐな言葉に、思わず頬が熱くなる。でも、確かに露木君とはお互いに無理をせず接していられると思う。
「それにさ、今日のアクセス数見た? 環が入ってからぐんぐん伸びてる。しかも、コメントもさ、二人の掛け合いが凄く面白いって」
「……」
確かに、コメント欄も今日の配信は最高に面白かったって書いてあったし、今までで一番反応が良かった気がする。
自分が思ってた以上に批判的な言葉は少なくて、むしろ好意的なコメントの方が多く感じた位だ。
「これから、どういう方向性で行くのかとかは、リスナーの声を反映させて行けばいいかなって思っててさ。そりゃ、騙した事は悪いとは思ってるけど……。どうしても、やっぱり嫌だって言うのなら、この話は無かった事にしてくれていい」
「……っ、それはずるいよ」
「うん。僕はずるい。でも、環は優しいから。僕のお願いを断れないだろ?」
そう言って笑う露木君は、本当にズルいと思う。それに、正直ちょっと面白かったし。露木君とだったら、楽しくやれそうな気もする。
「はぁ……、もう、仕方ないなぁ。わかった、やるよ。Naoの相方」
「やったっ! ありがとう環!」
ぎゅぅと抱き付かれて、ふわりと香る露木君の香りにドキッと心臓が跳ねる。
「も、苦しいってば」
そう言いながらも離れがたくて、そっと背中に腕を回すと、顔を上げた露木君と目が合った。そして、そのまま吸い寄せられるように顔を近付ける。
「ん……」
そっと触れるだけの優しいキス。何度か角度を変えて繰り返されるキスに夢中になっていると、不意にソファへ押し倒された。
「わっ!?」
「嬉しいよ、僕。環とならきっと日本一有名なカップル配信者にだってなれそ
うな気がする」
「ハハッ、何それ」
大袈裟な言葉に思わず笑ってしまうと、露木君もまたクスクスと笑った。
全身の力を抜いて、露木君のキスを受け入れる。この人が言うと、本当に何でも出来ちゃいそうな気がするのが不思議だ。
でも、それも悪くないかもしれない。
「ね、環」
「うん?」
「……好きだよ。愛してる」
「俺も……、好き」
砂糖を煮詰めたような甘い言葉を囁かれ、くすぐったさと心地よさからくすくすと笑ってしまう。そんな俺を、露木君は愛おしそうに見つめながら優しいキスをくれた。
こうして、俺と露木君の配信は不定期にながらも続いていった。
そして、その配信はいつの間にか『バカップル』『夫婦漫才』なんて呼ばれるようになっていて、俺達の仲の良さはファンの間では有名な話になったのだった――
END
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