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第1話
いやいやいや…
「マジか…」
最近体調が優れなかった。
腹は減るのに食い物の匂いで吐いたり、貧血で倒れそうになったり…今のところ薬でうまく誤魔化して仕事には支障は出てなかったが流石にこれはやばいかもしれない…
「顔色悪いぞ。大丈夫か?」
誰もが憧れている上司である、観音原世羅 が心配そうに声をかけてきた。いつも鉄仮面みたいに表情が変わらない上司が眉を下げて心配そうに俺の背中を擦った
「七星 。お前今日は帰れ。そんで病院行け」
「いや…でもまだ仕事が…」
先日大口の案件が決まったから今はそれに追われててなかなか休めない。
「大丈夫だ。お前のチームには優秀な人間がいるだろ?みんなも心配してるぞ」
その言葉に同調するようにわらわらと部下たちが寄ってきた。
全員に促され病院に行くことになった俺に何故か上司までついてきた。ふらふらしてるやつを一人で行かせられないだろう?ということだった。
いやいや。あんたが抜けたら困るだろ?そう思って一人で行けると話したのだけどみんなして上司を付き添わせたがった。そんなに顔色が悪いのだろうか
そして検査結果を聞きに診察室へ入る。一人で入ると付添の人を呼んでくれと言われてしまう。仕方なく上司を呼ぶことになった
「妊娠していますね」
「「は!?」」
俺と上司の声が重なる。
「ちょ…先生。俺男ですけど…」
「えぇ。そうなのですが…こちらへ横になっていただいても?」
「はぁ」
言われるまま横になり服をたくし上げる
そこに温められたゼリー的な何かを腹に塗り込まれ機械を当てられた
「これがお顔ですね。ここが心臓です。」
そこにはピクピクと伸縮を繰り返す塊…
「あなたがパートナーですね。男性の妊娠は症例も少ないのです…そして危険を伴います。パートナーの方もしくは理解者の協力無しでは妊娠を続けることは困難です。産むのかそれとも堕胎か…早い段階で決めてください」
その後もなんか色々医者が説明してるけどほとんど聞けなかった。妊娠?誰が?俺が?何で?
「マジか…」
そんな言葉しか出てこなかった
病院を後にしてぼんやりする。…ちょ…待てよ…
「部長!!」
「何だ?」
「俺のパートナーじゃないのに何で否定しないんですか!?」
「あ?あぁ。あのときはそのまま話を一緒に聞いた方がいいと思って。相手にすぐ連絡を…説明をせねばならんだろ?」
「いや…あの…そもそも、俺ゲイなのです…けど。暫く特定の人ってのはいなくて…だから今はフリーっていうか…」
「うん。で?」
「俺…男役しかこれまでしたことなくて…」
「うん」
「けど…1回だけ…多分女役をしたことがあったんだと思うんです…」
「多分?とは?」
「一晩だけ記憶がない日があるんです…飲み過ぎて…記憶が飛んだのもその一夜だけで…でも…起きたら相手はもういなくて……その日から飲まないようにして…誰とも関係してなくて…」
ふと上司を見ると美しい顔が歪んだ笑顔になった。初めて見る顔に驚く。
これは…軽蔑…されてんだな…このままクビ?
そうなったとして…相手がわからないのに堕胎もできないし…実家を頼るしかないか…これまで特に好きなこととかなくてよかった…貯金は無駄にあるから暫くは生活できる…親には孫の顔を見せることはできるし…
「申し訳ありません。こんな大切なときにこんなことになってしまい…戻り次第辞表を提出させていただきます…」
やっとプロジェクトを任せてもらえるようになって上司にも部下にも恵まれて…それなのに自分の不注意でこんなに迷惑をかけて…
何故か涙が止まらなくなった…誤魔化してみても不安だ…周りに男で妊娠なんて特異体質の人なんて居ないし…症例もほぼ無いって言ってた…不安で不安でたまらない…
うちの両親に限って軽蔑なんてしないだろうけど…だけどもしも…そうなったら?…どうしよう…
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