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2.母と子の対決 吸血鬼の策略
雷鳴が轟く鬼界にて
ハイドランジェアは北の国での式典が終わると母である鬼王ミスカンサスに会いに、吸血鬼の住む鬼界に足をむけた。
「母様、嫌だ!」
「お前は龍界の黒龍族の王子を籠絡しに行くのじゃ。」
血濡れの彼岸花と高いススキが生い茂る中、赤く焼け付く夕焼けが鬼界を覆っている。
二人の吸血鬼が対峙する。
孔雀緑の髪が鬼界の生ぬるい風になびく。
ハイドランジェアは一つ息を吸うと心にきめた。
「僕はレオニダスと番契約をしたいんだ!」
「駄目じゃ!」
ミスカンサの冷徹な声が否定する。
背後にザクザクと草を喰む足音が近づいてきた。
「龍界の青龍と天界の木蓮姫の間にできた子供が吸血鬼を絶滅せると預言が出た。」
低い声が響く。振り向くと、深緑の髪をなでつけた父、鬼王キルシウムが立っていた。
「父様!」
「キルシウムよ、ハイドランジェアが言う事を聞かない」とミスカンサスが困ったように告げる。
「おまえは吸血鬼が滅んでも良いのかい?」キルシウムが尋ねる。
「それは困る」
ハイドランジェアは怯む。
「それなら、この輪廻の剣を黒龍雅麟に渡し、婚礼を邪魔するように誘惑しておいで」と母が光る短剣を次元の隙間から取り出した。
「嫌だ!母さん、僕はレオニダスと一緒になりたいんだ!」
ハイドランジェア初めて母に反抗した。
「遺伝子相性だって130%。彼は清らかで優しくて強い。ただ一人の人間だ。彼の子供を産みたい!」
若草色の瞳で必死に母親を睨みつけた。
「そんなことは許さない!もし命令に従わないなら、レオニダスの命の保証はないぞ。それでも構わないかい?」
ミスカンサスが犬歯を剥き出しに脅す。
「母様、彼を殺さないで!もう『お役目』は嫌なんだ。好きな人と『両思いになりたい』!」
ハイドランジェアの胸には、生まれつきのオメガとしての運命が重くのしかかっていた。北の国の支配者、鬼王ハルシオンの科学技術で生み出された特別な吸血鬼、ハイドランジェアは母の命令に従い、αの人間達と肉体関係を持つ『お役目』を背負っていた。
吸血鬼は子供を産めない。
鬼王ミスカンサスの『子宮』として、特別に作られたオメガの吸血鬼だ。
「よくお聞き。ハイドランジェアと紫陽花の名前をつけた我が子供よ。紫陽花の花言葉を言ってごらん?」
「冷淡、浮気、無常、知的、神秘、謙虚、寛容、そして…ひたむきな愛。」
ハイドランジェアが答える。
「その通りじゃ我が子よ」
「でも僕は冷酷じゃないし、浮気者でもない。レオニダスをひたむきに愛してる。紫陽花の花言葉なんて、僕に関係ない!」
ハイドランジェアは、ミスカンサスに必死に抵抗した。
「お前は紫陽花みたいに、その時々で色を変える。だからこそ、その美しさと賢さで生き残るために私たちはお前を作ったんだ。」
鬼王ミスカンサスは夕闇に光る流血のような真っ赤な髪を掻き分け、隠していた顔をさらけ出す。
「レオニダスを正しいと言う。『正しさ』は役に立たない。相手が望む言葉を囁いて肯定してやればいい。こちらの有利に働くよう、誘導して『幸せになる』と言ってあげるんだよ。」
鬼王ミスカンサスは素顔をあらわした。
瓜実顔の半分を埋める巨大な一つ目が現れ、小さな鼻と甘言を囁く大きな口がある。
「本当に正しさを、信じているのかい?」
「母様、痛いから離して…」
鬼王ミスカンサスの冷たい手が彼の顎を強く掴む。
「ハイドランジェアは、私にはない儚さと美しさがある。宝石のような瞳や髪、人形のような顔、象牙色の肌、オメガの魅力。お前は、最も美しい愛玩具だ!」
鬼王の腕の中で、ハイドランジェアは暴れるが、無力感に打ちひしがれる。
「美しさなどいらない!レオニダスと番になるための自由と力が欲しいんだ!」
ハイドランジェアは、悔しさで涙が零れた。彼の胸には悔しさと絶望が満ち溢れる。
「レオニダスの血の代わりに龍族の王子の血を飲むんだ。彼の血は栄養が少ないが、呪力を多く秘めている。」とミスカンサスがささやく。
「ああ。黒龍雅麟の血を飲んでおいで。」
「本当に、呪力を増やせるの?」
ハイドランジェアは、母親の誘導にまんまと嵌められた。
「恋を歌い、愛で遊び、その美貌とオメガの体質で人を操るのがお前の性分。もし、黒龍雅麟を籠絡して龍界を鬼界のものに出来れば、レオニダスと番うのを考えてやってもいい…」
「……レオニダスを殺さないって約束してくれるなら、龍界で働く」
ハイドランジェアは、胸を痛めながらもミスカンサスの要求を飲み込んだ。
「よかろう。妾はレオニダスの母である北の国の女王に眷属を殺された。だから恨みがあるが、ひとまず我慢してやろう。」
「母様、輪廻剣を黒龍雅麟に必ず渡す。だから、絶対にレオニダスを殺さないで。」
必死な思いを胸に子供が短剣を受け取ると、母親は満足そうに頷いた。
ハイドランジェアは、レオニダスを裏切ることで抱えきれない痛みを胸に抱く。
「母様、最後に一つだけお願いをきいて。レオニダスと会ってきていい?」
「認めない!!早く龍界においき!」
鬼王ミスカンサスの命令が地鳴りの如く響く。
「僕は北の国に、レオニダスに会いにいく!」
ハイドランジェアは次元の隙間に姿を消した。子供が姿を消すと、母親は憤怒の形相で睨み、怒鳴り散らした。
「レオニダスなどいるから、ハイドランジェアは言うことを聞かない。やはり奴を殺してしまおう。
鬼王ミスカンサスは、逆らう者を許さない。
彼女の配下の吸血鬼たちが、北の国に向けて動き出した。
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