タッ、タッ、タッと遠くから走って来る足音がする。 　　　羽が生えているみたいに軽い足音だな 　渡貫守羽(わたぬきしゅう)はスケッチブックから目を離さずに、足音だけを聞いてそう思った。シャッ、 シャッと紙に鉛筆を走らせる音が足音と重なって、こちらの動きも軽くなる気がしてくる。 　その足音はあっという間に近づいて来て守羽のすぐそばまでやってきた。 　頬を風がかすめる。 　ダンッ、ガシャ 　と大きな音がして守羽がもたれていたフェンスが大きく揺れた。 「うわっ。」 　バランスを崩し、膝に乗せていたスケッチブックがバサリと地面に落ちた。 　守羽の頭の上を影が一瞬、通り過ぎる。 「あっ、悪いっ！！」 　という声に守羽はようやく顔を上げ、足音の正体に目を向けた。 　フェンスの向こう側にズサッと着地して走り去って行く後ろ姿が視界に入る。 「待てっ！！ナツッ。ったく、なんて身体能力してんだ、あいつ。」 　追いかけて来た運動部の顧問がフェンスの前で息を弾ませ、立ち止った。 「ごめん、ドンちゃん。明日は絶対行くから！」 　小麦色を通り越して焦げたような色の首筋を半分だけ捻って叫ぶと眩しい日差しの中、 白いシャツの背中は駆けて行ってしまう。 　　　なんなんだよ、騒がしいな 　守羽はいささかムッとした気分でその背中を見送るとスケッチブックを拾って、丁寧に手の平で汚れを拭った。