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第1話
こんばんは、餡玉です。
夏らしい話を書きたいな……と考えていたら、このようなお話ができました。
最初のほうは重いですがハッピーエンドです。
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消毒液と病の匂いに染まった病室の空気を、窓から吹き込む風が生ぬるくかき混ぜる。
力の入らなくなったまぶたをやっとのことで持ち上げて、俺は白い天井をうつろに見上げた。
余命半年。
身体中を蝕む病魔に気づいた時は遅かった。
終のすみかに相応しい場所を思い出し、俺は十年近く住み続けたマンションを手放した。
両親が死んでから売りに出していた実家。
ずっと買い手がつかず放置していた古い戸建で、最後の時を過ごそうと考えた。
しかし結局マンションの引き渡しを終えた瞬間、俺は倒れた。
そして今、こうして病院のベッドに横たわり、他人の手を煩わせているという状況だ。
医師の見立ては正しかった。
余命宣告通り、きっちり半年。
俺の寿命は、もうすぐ尽きる。
——ひとりで、死ぬのか……。
ゆっくりと視線を巡らせ、窓の外を見やる。
盛夏の燃えるような太陽が、空気をこれでもかというほどに焦がしている。
看護師たちが皆「今年は異常だ暑すぎる」と口を揃えるということは、今年は相当暑いのだろう。
だが俺にはもう関係ない。空調の効いた病室から出ることなく死ぬ俺は、もうその暑さを肌で感じることはないのだから。
——ま、そのうち千度の炎で焼やされるんだけどな……。
火葬場で骨になる自分をふと想像し、俺は弱々しく自嘲の笑みを浮かべた。
——『うわ、外あっつ……。俺、ほんっと暑いの無理だわ』
白いTシャツをぱたぱたさせて薄い胸に風を送り込む青年の姿が、ふと脳裡に浮かんだ。
狭い学生アパートのベランダで煙草を吸いながら、こっちをみて気だるげに微笑む細身の青年。
白い肌、泣きぼくろ、濡れたような黒髪。
無愛想に見えて実はけっこう人懐っこくて、気を許した相手には甘えん坊で、笑うと意外と子どもっぽい——そういうところが可愛くて、惚れたひとだった。
彼は同じ大学に通う友人のひとりで、バイトばかりやっていて滅多に大学に来なかった。
容姿がドンピシャに好みで、たぶん一目惚れに近かった。
親切心と下心とで世話を焼き、彼が欠席するたび講義のノートを貸してやった。風邪をひいたと聞けば、薬と差し入れを持って家まで行った。
彼は明らかに俺の下心に気づいていて、俺を試すような行動を何度もとった。
焦れた俺はなかば強引に彼に迫り、ほとんど無理やりのようにキスをした。玉砕覚悟だった。
だけど、彼はがっつきまくりの俺のキスに妖艶に応えてくれた。
「やっと本性現した」と囁いて、目を細めてうっそりと微笑む彼の色香に抗えるわけもなく、俺は不器用に彼を抱いた。初めてのセックスだった。
そのまま身体から始まって、友達なのかセフレなのかわからない曖昧な時期を一年ほど経たあと、俺たちは付き合い始めた。
幸せだったけれど、彼はいつも飄々としていて、愛情表現も薄かった。
ああ、これはいつか捨てられる。こうして一緒にいられるのは彼の気まぐれで、きっと俺はまた一人になるに違いない。——彼に会うたび、刹那的な思いが俺の胸を寒くする。
彼を失うのが怖かった。ようやく見つけた恋人だ。手放したいと思えるわけがない。
でも、一方的に執着していることを知られたくなくて、俺の愛情表現もだんだんそっけなくなっていった。
まったく不要なプライドだった。
好きなら好きと、素直に言えたらよかったんだ。
やがてじわじわとつまらないことで喧嘩が増え、疑い疑われることが増えた。
口にできない感情は荒っぽいセックスとなって、行き場のない激情を彼の中に何度も吐き出すことしかできなかった。
嫌がる彼を無理やり抱いた。
細い身体を押さえつけて、細い腰を乱暴に掴んで、渇望をねじ込んだ。
大切にしたかったのにできなくて、つらかった。
本当は好きで好きでたまらなかったのに、傷つけてしまうことがつらくて、つらくて……俺のほうから、彼に別れを告げたのだ。
項垂れながら別れを口にした俺の目の前で、あいつは吸っていた煙草を手のひらの中で握りつぶした。
そして「……わかったよ、クソが」と低く言い、俺の目の前から消えた。
それっきりだ。
彼は結局大学を辞めて、地元へ帰ってしまったらしい。
そして俺は、彼のことを忘れるために自分を多忙に追いやった。
忙しくしているのは楽だった。仕事は面白かったし、働けば働くほど俺は認められ、金もたくさん手に入った。
女とも付き合ってみたし、結婚したいと言われたこともあった。……できるわけがないのに。
十年、二十年経ってもまだ、彼のことを思い出す。
傷つけたことを、素直に彼を愛せなかったことを、後悔している。
後悔したまま、死んでいく。
——……いい、それでいい。このままずっと、メソメソ女々しくあいつを引きずりながら生きるくらいなら。
とろとろと眠りに落ちる。
また、眠ってしまう。
死が近づくにつれ、眠る時間が増えている。
のっぺりとした眠りの世界は、思いのほか居心地がいい。
また、ほのかな風が俺の頬を撫でるように掠めていった。
——? ……おかしいな。誰が窓を開けたんだろう。
くっきりとした青空にもくもくと聳え立つ積乱雲。
山のように大きく立派な雲が、薄いレースカーテン越しでもいやに眩しい。まるですぐそこにあるような存在感だった。
でもやはりおかしい。錯乱した患者が飛び降りてしまわないように、窓ははめ殺しになっているはずだが……。
——どうでもいいか。……そんなことはもう、どうでもいい。
そのまま俺は、また眠りの世界に引き摺り込まれていった。
+
どこかで嗅いだよう匂いがする。
少し甘くて、どことなくスパイシーな匂い……これは、煙草だ。
あいつが、侑李 が好んで吸っていた煙草の香りがする。
俺はベランダの手すりにもたれて夕空を見上げていた。
遠く、夕日に照らされた巨大な積乱雲には濃い陰影がくっきりと浮かび、微かに遠雷が聞こえてくる。
就職してから住んだ部屋よりも格段に狭いベランダだ。物干し竿には安物のTシャツが干してあり、二階から見える景色は道路と田んぼ。そしてその向こうには古びた民家がのんびりと並んでいる。
草の青い匂いが鼻腔を満たす。なんだかとても懐かしい香りだった。
遠雷の音とともに、雨に匂いがする。もじきここにも、夕立が来るのだろう。
見覚えのある風景がどこまでも広がっていて、郷愁をくすぐられる。間違いなく、ここは学生時代に四年間住んだ部屋だ。
「ん? ……あれ?」
ふと持ち上げた手のひらが、なんとなくみずみずしい。それに、年齢とともに分厚くなったと感じていたはずなのに、今は妙に未完成にほっそりしていて違和感があった。
「ああそうか。なるほど夢か。よくできた夢だな……」
いよいよ死が近いのだろう。きっと、神様が最後に懐かしい夢を見せてくれているに違いない。
ひょっとすると、これは走馬灯の一種だろうか?
こうして少しずつ過去に戻ったり、現実に戻ったりを繰り返しながら、脳内の記憶を整理していくのだろうか。
整理したところで、あとは灰になるだけの記憶なのに……。
「もー閉めろよ。クーラーついてんだぞ、了悟 」
聞き覚えのある涼しげな声音が、俺の心臓をドクンと大きく跳ね上げる。
弾かれたように後ろを振り返ると、壁際に置いたベッドの上で、侑李が気だるげに煙草を吸っていた。
「ゆ、侑李……!?」
センターパートの前髪をかき上げつつ、侑李はどこかうろんげな眼差しで俺を見上げている。
だぼっとした黒いTシャツは俺のシャツだ。ここへ泊まりにきた時にいつも、侑李がパジャマがわりにしていた。
どくん、どくん、と心臓がうるさいほどに騒ぎ立てている。
ふらふらと窓に近づき、段差に躓く。つっかけていたサンダルがベランダに転がるのもそのままに、俺は侑李の前に膝をついた。
「侑李……なのか?」
「……は? なんだよ、俺が別の男にでも見えんのかよ」
「えっ? そ、そんなわけない。でも、だって……」
潤んだ瞳で、侑李は力なく俺を睨んだ。
頬には火照りが残り、首筋には赤いキスマークが散っている。
汗ばんだ肌は白く艶めき、事後の淫らさをありありと残しながら、侑李は俺からぷいと目を逸らした。
「なんだよ、まだ犯し足りないってのか?」
「お、おか……!? いや、そんな……!」
唐突に思い出した。
これはおそらく、あの日の記憶だ。
一晩連絡が取れなかっただけで、侑李が浮気をしたのではないかと疑った。素知らぬ顔でこの部屋に泊まりにきた侑李を問い詰め、喧嘩になり、そのまま強引に侑李を抱いたのだ。
……そしてそのあと俺は罪悪感に苛まれ、一方的に別れを切り出した。
間違いない。これは、俺が二十年近く引きずった過去の記憶だ。
——気の利いた走馬灯だな。そうだよ、俺はこの日から動けないまま、もうすぐ四十になろうとしてたんだ……!
忘れもしない、二十歳の頃の出来事だった。
侑李は、こんなにも儚げな容姿をしていただろうか。こんなにも、侑李は頼りない体つきをしていただろうか。
意識が40歳のまま20歳の侑李を目の当たりにして、当時はもっと大人びて見えていた彼がひどく幼い存在に思えた。
俺を睨む侑李の瞳を、今ならちゃんと見つめることができる。
ひどく怒っているような顔をしているけれど、瞳に揺らめく感情はそれだけじゃない。黒目がちな大きな瞳には、ありありと悲しみが浮かんでいる。
俺に疑われ、一方的になじられて悔しかったに違いない。手ひどい扱いを受けて、悲しかったに違いない。
180近い長身の俺と、170足らずの侑李だ。
体格差にものを言わせて捩じ伏せ、ひどい行為を押し付けた。
余裕を失い獣じみていた過去のおこないを思い出し、さぁ……と音を立てて血の気が引いていく。
俺は侑李を傷つけた。
謝りたい。夢だとはわかっているけれど、傷つけ悲しませた彼を、このままにしておけるわけがない。
本当は好きで好きでたまらなかったひとなのだ。
ひとことも謝らないまま、本当の気持ちを伝えないまま、あの世へ行けるわけがない……!
「ごめん!! 本当に、ごめんなさい……!!」
「はっ……?」
がば! と俺は迷わず土下座した。
頭上から、侑李の戸惑った声が聞こえてくる。
「酷いことをしてごめん……! 侑李のことが好きで、好きで、好きすぎて、周りが見えなくなってたんだ。俺は馬鹿だった、本当に、救いようのない馬鹿で、クズで、最低の男だ……!」
「え? ……は?」
「嫉妬のあまり、ありもしない妄想をしてしまったんだ。侑李を誰にも取られたくなくて、ちょっとでも連絡が取れないと不安で、不安で……この頃の俺、自分にまったく自信がなかったんだ。だからこんなひどいことを」
血の涙を流す勢いで顔を上げた俺を、咥え煙草のまま、侑李がポカンとなって見つめている。
すると、灰がわずかにぽろりと落ち……侑李は「あっつ!!!」と飛び上がった。慌てて灰皿を差し出すと、侑李はじゅっとそこに煙草を押し付け、ベッドの上に座り直した。
「なんだよ急に下手にでやがって……。浮気してないなら証拠を見せろとか、あの男は誰だとかって俺をさんざん疑って責めておいて、今更なんなんだよ」
「それについても、本当に申し訳なかった。侑李には侑李の人間関係もあるし、バイト先の人間関係だってあるのに、つまらない嫉妬をしてしまった」
「……。お前だってあちこちで愛想振りまいてるくせに、俺のことばっか監視して束縛しやがって。うぜーんだよ」
「ごめん……ていうか、愛想なんて振りまいてないよ! たぶん当時の俺は、侑李と付き合えた幸せで舞い上がってただけなんだ!」
「当時の俺ぇ?」
「あ、いや……」
俺はなおもひれ伏したまま、侑李を見上げて本音を訴えた。
「俺よりも本当はずっと頭良くて、綺麗で、おしゃれでかっこいい侑李が、いつまでも俺と付き合ってくれるわけないって思ってた。侑李と対等な自分を演じたくて、インテリぶったり偉そうにもしたかもしれない。だけど本当は、ずっと怖かったんだ。侑李に捨てられるのが、怖かった」
「え……」
「好きなんだ、侑李のこと。ずっとずっと、好きだった。二十年引きずるくらい、好きで……本当に、好きで」
「二十年? ちょ……ちょっと待てって。お前、さっきから何言ってんの?」
夢でもいい。伝えられなかった本音の全てを、俺は侑李にまっすぐぶつけた。
大切だった人を傷つけたまま、死ぬわけにはいかない。
このまま死んでも死に切れない。
俺は身体を起こし、そっと両手で侑李の手を握った。
今までこんなことをしたことがなかったせいか、侑李は咄嗟のように手を引っ込めかけたけど……そのまま、手を握られていてくれた。
「大切にしたかったんだ。こんなに好きだと思えた人は初めてだった」
「っ……」
「傷つけてごめん。俺は侑李のことが、本当に好きなんだ」
「り、了悟……」
必死の想いで侑李を見つめる。たぶん今の俺はものすごく情けない顔をしているだろうが、構わなかった。
侑李の目が赤い。手荒いセックスで俺に泣かされたせいだろう。
綺麗なアーモンド型をした大きな目が、探るように俺を見つめている。
くりっとした大きな目や細身な体型のせいで幼く見られがちなことを気にして、あえていかつめの煙草を吸っていた。舐められるのがいやだから、もっと強そうな男に見られたいから——……いつか、侑李は事後にぽつりとそうこぼした。
服装も、髪型も、ちょっと斜に構えたようなクールな態度も、それはとても侑李によく似合っていた。そして俺は、それこそが彼の本当の姿だと信じて疑わなかった。
冴えない俺の目に映る侑李はあまりにも完璧で美しく、そして格好良かった。だから彼のそういう本音を、俺はただの謙遜と受け止めたのだ。
だけど、今の俺にはなぜだかわかった。
侑李は生きづらい世の中を、必死に肩肘を張って生きている。
二十年前といえば、今ほどマイノリティに対する理解はなかった。現代が生きやすいかというとそういうわけでは決していないけれど、偏見を恐れる気持ちは、当時の方がよほど強かったと思う。俺自身もそうだった。
だからこそ、ようやく出会えた恋人に執着した。
身寄りのない俺にとって、唯一縋れるものでもあった。そのせいで、彼をひどく束縛した。
性的指向のせいで家族との縁が途絶えている侑李だって、俺と同じ気持ちだったかもしれない。
きちんと向き合えば理解しあえるはずだったのに、俺は独占欲に目が眩んで、侑李の本音を聞こうとはしなかった。
大切にしたい。ただ、それだけだ。
俺はそっと、侑李の骨ばった肩に手を添えた。
「……抱きしめても、いいかな」
「う……うん」
手のひらにすっぽり収まる侑李の肩を、そっと自分のほうへ引き寄せる。胸にもたれかかってきた侑李の身体をしっかりと抱き止めて、腕の中に包み込んだ。
「……はぁ……」
俺の胸に手を添えて、侑李は深く息を吐いた。少しずつ、こわばっていた侑李の身体から力が抜けていくのを感じる。
「さっきはごめん。無理やりで、痛かったよね」
「痛くは……ないけど、苦しかった」
「ご、ごめん。本当に悪かった」
「いいよもう。……そもそも、俺が了悟を傷つけるようなことばっか言うから、とうとう逆上させたって感じだし」
「そうだっけ」
売り言葉に買い言葉で喧嘩になったことは覚えているが、今はもう、そんなことで侑李を責める気持ちなど湧いてこない。
夢の中だというのに、侑李の体温はあまりにもリアルだった。懐かしくて、幸せで、愛おしくて……ぎゅう、と腕に力がこもる。
「……キス、してもいいかな」
「してもいいかって……なぁ、やっぱ変だぞ、お前」
侑李は訝しげに俺を見上げた。上目遣いの侑李の愛らしさに、俺は内心衝撃を受けていた。大人びて見えていたけれど、侑李はこんなにも可愛かったのかと。
たまらず白くつるんとした頬に指で触れ、顎を掬う。
そしてそのまま、引き寄せるように侑李の唇にキスをした。
柔らかな唇が触れた瞬間、侑李が「は……」と小さな吐息を漏らす。慎重に、慈しむように唇を啄んで、角度を変えて柔らかく吸い、何度もそのぬくもりを確かめる。
「ん……ん」
「侑李、好きだよ」
「んっ……ふ」
キスの隙間で囁くと、侑李の吐息に熱がこもった。するりと首に腕が絡まり、正面から身体が密着する。
俺の上にまたがり、侑李からも積極的にキスを返してもらえた喜びで、全身がカッと熱くなる。俺はさらに強く侑李を抱きしめながら、薄く開いた歯列を割って柔らかな口内へと舌を伸ばした。
「ぁ、っ……ん、ふぅ……」
「侑李……侑李」
「っ……ぁ!」
キスをしながら、侑李をそっとベッドに横たえる。自然と捲れ上がった黒いTシャツの下に、侑李は何も身につけていなかった。
太ももを撫でながら舌を絡めて吸い上げると、侑李はびくん! と腰を震わせた。すでに硬さをもちはじめている侑李のそれが俺のシャツと擦れたせいだろう。
夢とは思えないほどにリアルな感覚だ。
気持ちが良くて、あたたかくて、愛おしくて、頭がじんと痺れてくる。
きっとこれは、神様から与えられた最初で最後のご褒美だ。
謝罪させてもらえただけでなく、こうして侑李を抱くことができるなんて、これに勝る幸せがあるだろうか。
上体を起こしてシャツを脱ぎ捨て、白い肌をほんのり桃色に染めて息を弾ませる侑李を見つめる。
こんなにも綺麗で可愛い侑李をよくも手荒に扱えたものだと、過去の自分に腹が立った。
「……きれいだ、侑李」
「……は? なぁ、まじでなんなの、おまえ」
「照れくさくて言えなかったけど、ずっと思ってたんだ。してるときの侑李、すごくきれいで、可愛いよ」
「っ……」
ぽっと音が聞こえそうなくらい、侑李の顔が真っ赤に染まる。怒ったような顔でぷいとそっぽを向かれてしまったが、そういう仕草も可愛くてたまらなかった。
膝頭にキスをして、長い脚を淡く撫で上げる。すると、小さな双丘の谷間の窄まりが、少し充血していることに気づいた。
「……ごめん、赤くなってる。あんま慣らさず挿れたせいだな」
「み、見るなよっ!」
「舐めてもいいかな。それで治るわけじゃないけど……」
「はぁ!? む、むりだってそんなの!! 恥ずかしすぎるし、それに……」
「それに?」
侑李は真っ赤になった顔でそっぽを向いたまま、自らの下腹に手を伸ばした。
そして、蚊の鳴くような声でこんなことを言う。
「……ここ、奥、さっきからじんじんしてつらい。……ナカでいきたい」
「へっ……?」
「だ、だから! 挿れてほしいって、言ってんだよ! ……くそっ」
侑李からねだられるなんて初めてのことだ。喜びのあまり、脳みそが沸騰している。
どくどくどくと胸は高鳴り、半ば勃ち上がっていたペニスがびきびきと硬くなるのがわかった。
興奮をなんとかいなしつつ、俺はこくりと深く頷く。
「わ、わかった。今度は優しく抱くから」
「……いーって、そういうの」
「いや、優しくしたい。もう俺、侑李のこと傷つけたくないんだ」
「……」
ガチガチに固くなったそれにゴムをつけ、ローションを手のひらで温める。さっき無理をさせたらしい小さな窄まりにゆっくりとそれをなじませると、侑李は「っ……ふ」とまた声を漏らした。
「さっきまでしてたんだ、いーって、そういうのは……っ」
「だめだよ、怪我したら大変だ」
「ぁ、ぁっ……ん」
ローションで濡れた指を滑らせ、とろけた孔に指をゆっくりと挿し込んでみる。
そこは驚くほどに柔らかく、指を抽送するたびにひくひくと俺を締めつけた。
脚を開いて唇を噛んでいる侑李の姿にも、俺は興奮を禁じ得なかった。
黒いシャツに薄桃色を孕んだ白い肌が映えて、あまりにもいやらしい。
しかも、指を蠢かせるたびにびく、びくっと細い腰がか細く震え、屹立したペニスが小さくしなる。先端からはすでにとろりと細い糸が垂れているのを見つけてしまうや、それを舐め取りたくてたまらない気分になった。
——エロ……めちゃくちゃエロい……。侑李が可愛すぎて、どうにかなりそうだ。
身を屈め、侑李にキスを落としながら、俺は掠れた声で囁いた。
「……挿れていい?」
「ん、うん……」
なおもそっぽを向いたまま、侑李は唇を引き結んだまま小さく頷く。
膝頭を掴んで脚を大きく開かせ、とろめいた窄まりに切先をあてがった。触れただけで中に引き込まれるように蠢き、腰をゆらめかせる侑李の色香に誘われて、俺はゆっくりと中にペニスを押し込んだ。
「ぁ……っ……!」
「うぁ…………はぁ、ぁぁ、気持ちいい。……侑李のナカ」
「んぅ……んっ」
たまらず根本まで埋め込んで、俺はいったん深く息を吐いた。そうでもしなければ、遮二無二腰を振って自分勝手に吐精してしまいそうだ。
それほどまでに侑李の中は気持ちがよくて、健気に俺を受け入れる姿があまりにもいやらしくて、興奮のあまり視界が霞む。
「……苦しくない?」
「な……ない」
「はぁ、すごいな。……挿れてると、侑李のナカがひくひくしてるの、わかるよ」
「そ、そういうの……いうなよっ……っ、ん」
「ほら、また……あぁ、すごくイイ。搾り取られそう」
奥まで嵌めたまま、ゆすゆすとさらに奥を狙って腰を揺らしてみる。すると侑李は「ァ! ぁ、あ……んっ」と突かれるごとに甘い声をあげ、ようやく俺を見上げた。
「奥、っ……や、ァっ……」
「ごめ……いやだった? 痛い?」
「っ……ちが、……ぁ、イク、イクっ……!」
侑李が全身を震わせながら、とぷんと白い腹に吐精した。
きゅうぅ……ときつく締め付けられてつられていきそうになったけれど、必死で耐える。
侑李はこんなふうに奥を狙われるのが好きだっただろうかと記憶を辿るが、わからなかった。
当時の俺はいつも、ただガツガツと腰を振って突き上げるばかりで、侑李とまるでコミュニケーションを取っていなかったことに気づいてしまう。
——本当にダメだったな、俺。……あぁ、この頃からやり直せたら、侑李を幸せにできたかもしれないのに。
「……あ、あ……ん、っ……」
侑李の身体から絶頂の余韻が引き、俺はゆっくりとピストンを始めた。
がっつかないように気をつけながら、侑李の反応をつぶさに見つめながら、味わうように。
だが、小さな孔に大きさだけは立派な赤黒い俺のこれがぬるぬると出入りする様はあまりにもいやらしく、興奮は加速する一方だ。
細い腰を掴んでゆっくりと腰をグラインドさせながら、俺は侑李に問いかけた。
「侑李……きもちいい?」
「ん、っ……うん、ぁっ……ぁ」
「俺も、めちゃくちゃ気持ちいい。……はぁ……侑李がかわいすぎて、どうにかなりそう」
「っ……ンっ、ん」
「こっち向いて、キスしたいな」
のろのろとこちらを見上げた侑李の瞳からはクールさがすっかり抜け落ち、とろんと甘えたような表情になっている。
普段とのギャップがすごい。
可愛くて可愛くてたまらず、俺はグッと身を乗り出して侑李の唇を濃厚に味わった。
「ふぅ……んっ……ァ」
「ほんとに可愛い、好きだよ。……好きだ、侑李」
「っ……ん、ぁんっ……!」
愛を囁きながらまた深く穿つと、びくびくっ……!! と侑李の内壁が細かく蠕動する。それがあまりにも気持ちよくて、俺は根元まで嵌めたまま腰の動きを止め、しばらく侑李と舌を絡めあっていた。
「ぁっ……はぁ……っ……」
「またイった? ……俺とするの、気持ちいい?」
「んん……、きもちいい……ばかになりそ……」
「え? ははっ……なにそれ、かわいすぎ」
舌を絡ませながら、俺はまたずん、ずんと侑李を穿った。
腕の中に華奢な身体を閉じ込めて腰だけを振りながら、「かわいい、すき、きもちいい」と、素直な気持ちをそのまま吐露する。
伝えれば伝えるほど、侑李の身体が熱く柔らかく、とろけてゆくような気がした。
キスはますます激しくなり、俺の腰の動きに連動するように侑李の腰も艶っぽく揺れている。ぱちゅ、ぱちゅ、ぱちゅと結合部から濡れた音がいやらしく響いていて、その淫らさが俺の興奮をさらに掻き立てる。
「はぁっ……は……はぁ、侑李……俺も、いきそ……」
「ん、っ……いって、おれんなかで、だして……っ」
理性の失われた蕩けた眼差しでそんなことを訴えられ、とうとう俺の我慢も限界を超えてしまった。
侑李の腰を掴んで奥の奥にねじ込むように猛々しく腰を突き上げると、侑李の抑えきれないといったか細い悲鳴が部屋に響いて——……。
「ぅっ……イく、出る……っ」
びゅる、びゅるる……と自分でも驚いてしまうほどに長い射精だった。
夢の中だからかなんなのか、こんなにも気持ちいいセックスができるのかと驚いてしまうほどの快感が、俺の全身を満たしていく。
くったりと脱力してしまいそうになるが、侑李を押し潰してしまわないように腕で支える。
そして、汗だくになって薄い胸を上下させている愛しい恋人に、ゆったりとしたキスをした。
「……好きだよ」
「おれも……おれもすき。りょうご……」
「っ……へ?」
はじめて、「好き」と言われた気がする。幻聴でもきこえたのだろうか?
呼吸を乱しながら、侑李は潤んだ瞳で俺を見上げた。
「好きなのに、素直になれなくて……言えなかった」
「そ、そうなのか?」
「……言わなくても伝わってるって、勝手に思ってた。でも、喧嘩になったり、疑われたり……そういうのすごくしんどくて、もっとちゃんと言えたらって思ってたけど、なんか……今更言葉にすると余計に疑われそうで……言えなくて」
「侑李……」
まばたきの拍子に、つぅ……と一筋の涙がこめかみに流れていく。俺は慌てて、その涙を親指で拭った。
「大丈夫、今ちゃんと伝わった」
「ん……ごめん。こっちこそ、ごめん」
「ううん、いいんだ。嬉しい……幸せだよ、俺」
白い額にキスを落とすと、侑李の無防備な笑顔が花開く。
幸せそうに目を細め白い歯をのぞかせて、屈託なく笑う侑李のことが、何よりも好きだった。
——ああ、この顔だ。俺の大好きだった笑顔だ。
もう、思い残すことはない。
俺は素直に、そう思った。
——好きだった、本当に。大好きだったよ、侑李。
視界が白くぼやけていく。
きらきらと繊細な光が視界を覆い、愛おしい侑李の笑顔をかき消すように。
名残惜しい。もっともっと、彼の笑顔を見ていたい。
だけど、もう時間が来てしまったのだろう。
——俺の寿命はここで尽きるけど、どうか、侑李は幸せでいてほしい……。
最後の願いを胸の奥に抱きながら、俺は光の濁流に身を任せた。
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