1 / 6

◆好きになった人は◆◇1◇出会い

「オメガに生まれて不幸かって? いや、そんなことは無いよ。俺は幸せだと思う。だってさ、俺は出来が悪いんだ。でもそれが、俺の努力不足じゃなくて、オメガ性のせいだって言われた時、俺めちゃくちゃ嬉しかったもん」  小さな顔の中で、真っ黒な瞳がキラキラと輝く。その場がパッと華やぐようなカラッと明るい笑顔で、小さな直人(なおと)はそう答えた。大きなルーフ付きの遊び場に、一生懸命砂で城を作っていく。おっちょこちょいの直人一人では制作中にすぐに壊してしまうけれど、今は強い味方と一緒に作っている。だから、きっと大丈夫。あとはこの堀に水を入れたら完成だ。 「どうして? 出来ないことが増えるし、ヒートで苦しむ事になるんだよ? それでもいいの?」  直人と一緒に砂遊びをしているのは、たまたまここで出会った同い年の少年、信司(しんじ)だ。二人とも今年十歳になり、中学受験前に早期バース検査を受けたばかりだった。ただ、まだ第二次性徴の兆しもなく、直人は念の為にカラーをしているため、アルファの信司とオメガの直人は同じビーチで遊ぶことが出来た。  鮮やかな青が続く真夏のビーチの脇で、二人はひたすら広大な砂の城を作ることに専念していた。大人たちが泳ぎに行くとなれば、子供である自分たちはそれについて行くことが出来ず、暇を持て余して不貞腐れていた。ちょうどその時、向かいに同じような顔をした子供を見つけ、お互いに声を掛け合ったのだ。 「うん、でも、何をやってもうまくいかないけど、アルファを幸せにすることは出来るだろ? それなら、それで十分だと思ったんだ」  直人はそう言って、遠くの方ではしゃぎ回っている家族を寂しそうに眺めていた。両親は二人ともベータだ。ただ、その中でも運動神経はいい方で、アウトドアでの遊びやスポーツを好む。オメガで体力のない直人は、両親の遊びについていくことが出来なかった。直人には兄が一人いる。その兄はアルファだ。兄は運動神経もよく体力もあって、危機意識も高い。そのため、いつも両親と一緒に遊んで楽しそうにしていて、直人はそれを遠くから眺めるという図式がいつも成立していた。楽しそうな三人と一人ぼっちの自分。そういうふうに、ずっと孤独を味わってきた。  それでも腐らず、少しでも三人に近づけるようにと小さな頃から努力を惜しま無かった。日々トレーニングを積んでは、食事にも気を遣っていた。それでもその努力はいつも報われず、それどころか両親や兄の足手纏いになってしまうことが年々増えて来ており、直人はいつも悲しみに暮れていたのだ。  ただそれも、バース検査を受けるまでのことだった。早期検査で確定したオメガ性。その結果を見た時に、周囲は一様に慰めて来たものの、当の本人は、ケロッとしていた。それまで心をキツく重く縛り付けていた鎖が、勢いよく音を立てて壊れていくのを感じた。直人はその時に、強烈な解放を味わっている。 「俺の頑張りが足りないんじゃなくて、元々無理なことだったんだ……」  そう確信を得てからは、毎日を明るく過ごせるようになっていった。 「ふーん、そうなんだ。僕は実はアルファだったんだよね。だけどフェロモン値も低いし、弟に比べて出来が悪いんだ。努力しても実りにくくてさ。パパとママは、僕の何かにいつもがっかりしてるよ。もし僕もオメガだったら、そのせいにしてそんなふうに笑えたのかな」  信司はジェットスキーで遊ぶ家族を指さし、「僕あんなの無理なんだよね」と言って笑った。 「そうか、アルファだとある程度のことはなんでも出来て当たり前って思われちゃうんだね。それもそれで辛いなあ。大丈夫だよ、信司! 努力してるんでしょう? 努力が一番美しいんだから! あ、そっか、だから信司はキラキラして見えるんだね」  そう言って、無邪気に笑った。すると、それを見ていた信司の心がふわりと軽くなり、自分がこだわっていたことが瑣末なことのように思えてきた。思わずふふふと笑ってしまう。直人の笑顔は、見ているだけでとても心があったかくなる。もっとずっと見ていたいと思っていると、遊び疲れた家族から、そろそろホテルへ引き上げるよと声をかけられてしまった。 「ありがとう、直人。僕、今日のこと忘れないね」  そう言って、後ろ髪を引かれる思いをしながらも、握手をするために手を差し出した。 「うん、もちろん! 俺も話せて楽しかったよ、信司。アルファと学校が同じになることはないと思うけど、またどこかで会えるといいね」  そう言って、ふわりと笑いながら手を差し出した。その手が触れ合い、深く握り合うと、ビリビリと運命の知らせが二人の体を走った。 「えっ?」  それが何かということを確認する間もなく、二人は家族によって引き離されていく。 「直人! 絶対また会おうな! 必ず見つけるから!」  それは、運命の番との出会いだった。二人ともそれを理解した。それでも、二人は住む場所が遠く離れている。たまたま会えたここは、旅先のリゾートホテルだ。次にいつ会えるのかもわからない。 「俺のオメガ!!!」  家族に説明しようにも、要領の悪い信司の話を家族は聞こうともしない。無理に連れて行かれる自分の非力さを呪いながら、信司は顔を涙でぐしゃぐしゃにして、必死にさようならをした。

ともだちにシェアしよう!