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今世こそは平穏に生きる!①

____今日もいつもと変わらない日常が訪れるのだろう。  数分前まで、放課後の空き教室の床に痛む身体を転がしながら、蓮斗(れんと)はたしかにそう感じていた。けれど、目の前に差し出された骨ばった男らしい大きな手と、灰色がかった青い瞳に視線が絡みとられた瞬間、自分の日常のなにもかもが変化する予兆がした。 「大丈夫かい?」 角度を変えれば金色にも見える薄茶色の髪を揺らしながら、蓮斗の目の前に屈んだ青年。安藤輝(あんどうこう)。蓮斗が在学している三美(みよし)学園の生徒会長。 地味で目立たない蓮斗にとっては関わることなど一生ない、雲の上のような存在だ。実際に遠目からしか姿を見たことはなかった。 「っ、ほっといてよ!」  差し出された手を勢い良く振り払い立ち上がる。蓮斗は今ものすごく混乱していた。なぜなら輝の顔を直視した瞬間、自身の前世がアリステラ=ローゼンバーグという公爵令息であったことを思い出したからだ。 「見た目よりも元気そうでよかった。学園内の見回りついでに空き教室を覗いていたら君が倒れていたからとても驚いたんだよ」  蓮斗の態度を咎めることもなく、輝は安心したように柔和な笑みを向けてくる。 「……あの、もう帰るから。気にしないで」  輝は蓮斗より一個上の学年だ。本来敬語を使わなければいけないけれど、現状を呑み込めていない蓮斗にはそんな余裕すらない。 それなのに輝はふわりと笑みを浮かべながら「送っていこうか?」と提案してくれる。 「いい!大丈夫!一人で帰れる!!」  無駄に大きな声で断りを入れて、蓮斗は床に転がっている鞄を手にもつ。そのまま逃げるように輝の横を通り過ぎて、空き教室を出た。 少し離れた位置にある寮の自室へと転がり込む。同室の都城隆也(とぎたかや)が話しかけてきたのを無視して、そのまま部屋にこもる。それから、着替えもしないままベッドへとうつ伏せになり足をばたつかせた。  蓮斗は非常に困惑している。恐怖や戸惑いの感情に押しつぶされてしまいそうだ。その原因はやはり、前世の自分であるアリステラの存在。 (なんで生徒会長がシリルと同じ顔をしてるんだよ!)  シリルはアリステラの幼馴染であり、一国の王太子だった。そして、アリステラの思い人でもある。しかしアリステラの思いは叶わなかっただけでなく、シリルの婚約者を殺そうとした罪で平民落ちのうえ一人惨めに飢えて亡くなってしまう。 (最悪だ……なんで今更前世の記憶なんて思い出すんだ……。あんな苦しい思いはもう一生したくない!そ、そうだっ!あいつとは関わらなければいいんだ。平穏に……平穏に生きていこう)  そう考えた蓮斗だったけれど、ふと思い出してしまう。自分の状況は決して平穏とはかけ離れていると。

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