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宿敵との再会③
ホームルームも終わり、夕日が校舎を燈色に染め上げ始めた頃。蓮斗は一人寮へと帰る道を歩いていた。今日は結局輝と話をすることはできなかった。逃げたのは蓮斗の方だ。もしかしたら、あのままその場で待っていれば来てくれたのかもしれない。そんな淡い期待を抱いてしまう。けれど、しばらくは輝と顔を合わせられそうにない。会ってしまえば、気持ちがバレてしまいそうで怖いからだ。
「今日は一人なのかい?」
やけに穏やかさを含む声に話しかけられて足を止める。振り返れば、今一番会いたくない人物が横通路から姿を現すところだった。
「吉澤先輩こそ」
「僕は生徒会の書類整理をしていたんだよ。輝はまだ生徒会室で仕事をしている」
一緒に居たのだと遠回しに伝えられて苛立つ。けれど、頭に血を登らせては相手の思う壺だ。蓮斗はバレないように浅く深呼吸してから、志乃へと挑発するような笑みを浮かべてみせた。
「大変ですね。輝が前に、吉澤先輩は大事な生徒会の仲間だって言ってましたよ」
そのような話を輝から聞かされたことはない。けれど、志乃を挑発するのには丁度いい言葉だ。結局のところ、彼がどれだけ輝にアピールしても、恋愛対象として見られていないのなら意味がないから。
「……君と話していると本当に腹が立ってくるよ」
「それが本性なわけ?」
お互いに本音を隠す気などない。人の目があればそれなりに自重するのだろうけれど、いまは二人きり。それに、蓮斗も志乃も気が長い方ではない。
「まさか警告した直後に輝に接触しようとするとは思わなかったよ。輝が突然、別館に向かい始めるから何事かと思えば、君が居たと言い始めてね……本当にムカつく。昔も今もどれだけ邪魔をすれば気が済むのかな?」
「僕は邪魔なんてした覚えはないけど?それに、その言い方だと、まるであんたに前世の記憶でもあるみたいじゃないか」
憎々しげな顔で睨みつけてくる志乃へと、相変わらずの挑発顔を向けてやる。前世のことを尋ねるのにはリスクがあるけれど、志乃はルキナだと蓮斗は確信していた。だから、はっきりとさせておくべきだ。
「君だってそうだろう。香波蓮斗、いや……アリステラ・ローゼンバーグ」
「……ルキナ・サリバン。やっぱりあんたがっ。あのときはよくも卑怯な手で陥れてくれたな!」
「卑怯?違うでしょう。僕は邪魔者を排除しただけだよ。僕とシリルは婚約していたのに、いつまでも周りでうろちょろと……本当に死ぬ前も死んでからも目障りな存在だったよ」
「……死んでからも?どういうこと」
シリルとルキナはアリステラが居なくなったことで、結婚し幸せになったはずだ。それなのに、志乃の表情や言葉からは一切そのような様子が垣間見えてこない。まるで、本当にアリステラが死してなお二人の中を邪魔していたような雰囲気だ。
けれど、蓮斗からすれば罪を着せられて殺されたも同然。二人がその後上手くいかなかったとしても、同情してやる余地はない。そのはずだ……。拳を握りしめ、蓮斗は気にするなと自身に言い聞かせる。
アリステラの思いはシリルには届かなかったのだろうか。どうしてもそれが気になってしまう。
「君を溺愛していた公爵家当主は、刑が執行されてからも秘密裏に事件について調べていたようでね。そのせいで暗殺を僕が自作自演したという疑惑が浮上したんだよ。本当に忌々しい……」
「っ、じゃあ、シリルは……」
「婚約は解消。すぐに君を探しに行ったシリルは、教会で祈りながら死んでいた君を見つけた。あぁ……本当に思い出すだけで、腸が煮えくり返りそうだ!」
顔を醜く歪めながら、志乃はポタポタと涙を流し始めた。夕焼けに照らされて、まるで血のようにも見える涙を、蓮斗は気持ち悪いものを見るような目で見つめる。ルキナも異常ではあったけれど、志乃の闇は更に深くなっているような気がした。
「僕の気持ちが君にわかるかい?シリルはね、婚約破棄をするときに僕をっ、私を酷く責めたの。罪人であるはずのアリステラの亡骸を抱きしめながら、何度も何度も、信じてあげられなくてごめんって泣いていたわ。ふふふ、おっかしい」
「……っ、僕は、アリステラは罪人なんかじゃない!それに、すべての現況はあんたでしょ!あんたが策略を企てなければ幸せに慣れたはずだ!シリルをっ、自分を不幸にしたのが自分だとは思わないわけ!?」
「っ、違う!!初めから全部、アリステラ!君のせいだ!!君さえいなければ……君の存在さえなければシリルは私のことを見てくれたはずなのに……結局最後までシリルは私に心を傾けてはくれなかった……。身代わりだったのよ……」
志乃とルキナの人格が混在し、正気ではない様子の志乃から蓮斗は一歩距離を取った。まるでシリルが、ルキナのことを好きではなかったと言っているようにも感じられて、疑問ばかりが溢れてくる。冷や汗が背筋を滑っていく。アリステラの知らないなにかがあるのだろうか?きっとそれは、シリルに関することなのだろう。そのことで、ルキナはアリステラのことを酷く憎んでいる。
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