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第1話 1章 風を求めて

 北畠総合病院長の次男尚久は、九年半に及ぶ留学に終止符をうち帰国する。四年半前、兄の結婚式に参列のため一時帰国したが、それ以来の久々の母国の地である。  懐かしさも当然あるが、どこかに恐れもある。  三歳年上の兄を追う形で、アメリカへ留学した。兄の留学は、十二歳年上の憧れの人に相応しい大人になるためだった。  兄の憧れの人は尚久の憧れの人でもあった。兄に負けないためには、自分も大人にならねばならない。  兄には負けたくない、その思いで尚久も留学したのだ。専門は脳外科にした。父や兄が心臓外科医だから、違う道で極めたいと思ったのだ。  しかし、兄は四年半前帰国し、その後すぐに長年の思いを叶え、憧れの人蒼を番にし結婚した。つまり尚久の恋は破れたのだ。  尚久には三歳の歳の差が恨めしかった。自分の方が年上なら、蒼は自分のものに出来た。その思いは拭えなかったが、二人の結婚式には、一時帰国して参列した。  結婚式での蒼はきれいだった。兄の隣で微笑む蒼。その美しさは神々しいまでで、そして幸せそうだった。  尚久は、負けを認めざる負えなかった。蒼は兄のもの。蒼が幸せなら、良しとせねばならないと思った。  しかし、尚久の胸はぽっかりと空いた。その空いた胸を埋めようと、尚久は様々の人と付き合った。最初はオメガの男性を求めた。蒼の面影を追ったのだが、尚久の心を捉えることはなかった。  ならばアルファか……そう思い、アルファの女性、男性とも交際したが、空虚さは埋まるどころか増すばかりだった。  そして届いた兄の子供、春久誕生の報。我が子を抱く蒼の幸せそうな微笑み。それは母として満たされていて、蒼の幸せは増している。  何度かパソコン越しに見た春久は可愛らしい。憧れた人の子供、自分にとっても血を分けた甥。邪気の無い笑顔を見ると、己の愛の不毛さを余計に感じる。虚しく愛を求めるよりも、医学に打ち込もう、次第にそう思うようになった。特にここ二年程は、そう思い、ひたすらに技術を上げる努力を重ねてきた。  そのため、留学期間も、兄の八年より延期した。もっと力を付けて、堂々と帰国したかった。そしてそのかいはあった。両親からの強い帰国要請。実家の病院が、優秀な脳外科医を求めている。蒼からも帰国を待っていると言われた。  その言葉が何よりも嬉しかった。蒼が待っていてくれる。尚久は帰国を決断した。

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