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第5話 1章 風を求めて
北畠総合病院の各科のナースステーションは、朝から何やらざわめいている。ざわめきの原因は……。
「ねえ、だからその院長子息、次男さん? 来週からなの?」
「うん、そうみたいよ。彰久先生の弟さん。来週から脳外科だって」
「脳外科医なんだ! まあ、心臓外科は彰久先生がいらっしゃるもんね。でも、絶対イケメンよね!」
「そりゃあ彰久先生の弟さんよ! ご両親どちらに似てもイケメン間違いなし!」
「アルファなの?」
「そうらしいわよ」
「うわーっ! 御曹司アルファで、イケメンで、腕の立つ外科医って! ちょっとだめ! 余りにも高嶺の花過ぎる」
「まあね、私らが相手になるのとはさすがに思わないけど、夢くらい見たいよね」
「彰久先生みたいにあっという間に結婚されたりして」
「うんうん、もうお相手いるかもね」
そうなのだ、看護師たちの話題は、来週から勤務が決まっている尚久のことだった。
彰久の時も同じように大騒ぎになった。看護師だけではなく、それこそ病院中の女性がざわめいた。いや、密かにソワソワした男性もいた。ところが、あっという間にしぼんだ。蒼と結婚しからだ。
尚久はどうなのか? やはり病院中の人の関心を集める。高嶺の花と分かっていても皆、夢想してときめく。お相手への興味もある。むしろそちらの方が大きいかもしれない。
「全くあなた方はナースステーションで井戸端会議!」
師長の声に皆びっくとする。
「まあ、なんの話題かは分かるけど。先程いらっしゃったみたいよ」
「ええーっ! 会われたんですか?!」
「ううん、私はまだよ。看護部長が会われたの。正式な勤務は来週からだから、今日は部長たちと顔合わせされたようよ」
「そうなんですね、どんな方だろう」
「彰久先生に似てるって言われてた。やっぱりご兄弟ね」
実は、看護部長から話を聞いた師長も密かにときめいた。無論アイドルやスターに対するものと同じ種類のときめきだ。彰久に似ているなら、イケメン間違いなしだ。今ここにいる看護師全員が心をときめかせた。
そこへ彰久が颯爽と現れ、皆に会釈する。蒼を迎えに来たのだ。すぐに看護師が蒼に知らせると、蒼が荷物を持って出てきた。
「あお君帰れる? 荷物持つよ」
「うん、これくらいだっ」大丈夫という間もなく、彰久が蒼の荷物を取り上げる。いつものことなので、蒼も微笑と共に受け止める。
蒼は看護師たちに「よろしく」と言い、彰久は再び会釈して、二人は去っていく。彰久は片手で荷物を持ち、もう一方の手を蒼の背に、蒼を守るように歩いて行く。これもいつものこと。見送った看護師たちは、ため息と共に見とれるのだった。
「相変わらずのあお君呼び、萌えるーっ」
「そう! そして優しい! 絶対蒼先生に荷物持たせないよね」
「守るようにして! さすがアルファって思う。蒼先生愛されてるよね」
「まあ当然よ! 蒼先生きれいだし、優しくて微笑みは、アルカイックスマイルだもの」
「なんと言っても、うちの病院の女神様だからね」
そうなのだった。蒼の優しさと、アルカイックスマイルに、職員たちだけでなく、患者からも蒼は女神様と呼ばれているのだ。いつ誰が言いだしたのかは、今となっては不明だが、その呼び名は定着していた。
その事実を蒼は知らないが、高久や雪哉、そして彰久も知っている。三人とも、特に彰久はそれが誇らしく、嬉しく思っている。我が番で伴侶は、女神なのだ。 その女神は、自分だけのものと思っているのだった。
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