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第7話 1章 風を求めて

 その後、当該の患者を直接診察し、家族同席のもと手術の説明し、同意も取り付けた。  患者はもとより、家族も尚久の執刀を喜んだ。神の手と言われた院長の子息であり、彰久の弟。彰久の評判も、さすが神の手の息子と、著しく良かったので、尚久もさぞやということだった。  尚久の北畠病院での初めての手術が決まり、そのメンバーも決まった。  第一助手には、甲斐が自ら立つことになる。これも甲斐の配慮だった。 「先生がいやでなければ、私が第一助手をと思いますが」  と、遠慮がちに切り出す甲斐に対して、尚久は快く受けた。むしろ、感謝の思いが強い。甲斐にしてみれば、部長が側にいてはやりにくかもとの、思いもあったのだが、尚久にはありがたいと思った。  手術がスムーズに進むよう、担当看護師たちとも話し合いは持つが、実際に現場に立たないと分からない事もあろう。そんな時に、長年の執刀経験がある、甲斐が側にいることは心強い。  第一助手が甲斐、第二助手も決まり、担当看護師も決まった。器械出し看護師はベテランが務めるが、他は若手も含む顔ぶれになった。新生脳外科チームの誕生である。皆、密かに闘志を胸に、当日を迎えた。  尚久は気負いもなく当日を迎えた。手術自体はアメリカで何度も経験している。最初に執刀した時は、とにかく緊張した。そんな自分を𠮟咤しながら、手術に臨んだ。その日の自分を、懐かしく思い出すくらい、今は全く緊張していなかった。  淡々と執刀していく尚久を、甲斐は感心しながら見ている。やはり、蛙の子は蛙だ。粛々と静かだが、鮮やかな手さばき。器械出し看護師との息も合っている。さすがだと思う。執刀医がもたつくと看護師の息も乱れるからだ。  執刀医の腕が良いと、手術は流れるように進む。尚久の北畠病院での初手術はそのように終わった。 「お疲れ様でした」  甲斐が言い、拍手する。皆もそれに続いた。北畠総合病院の脳外科医のエース誕生だった。 「昨日は、改めてお疲れ様でした。先生の手技、間近で見て感心しました。素晴らしかったです。あの速さと正確さは、院長や彰久先生に匹敵しますよ」 「ありがとうございます。先生にそのように褒めていただくと嬉しいというか、恐縮です」 「いやーほんとうに、これでうちの脳外科は安泰です。私も安堵しました。そして早速ですが、二例目の依頼が小児科からきていまして……」  甲斐が、小児科から依頼のきている患者の話を始める。以前からあった話だが、子供の手術は難しく受けられないでいた。故に、他の病院への紹介を検討していたが、尚久に打診をという経緯だった。  なるほど、このことか、蒼が自分に期待していると言ったのは……と尚久は思う。無論、その期待には応えたい。安請け合いするわけではないが、出来ると思った。 「わかりました。十五歳ですか……大丈夫だと思います。それくらいの子供の手術は何例か経験しました。一度カルテを見たいのですが」 「それでは小児科へ行きましょう。私もご一緒します」  尚久は、甲斐と共に小児科へ向かった。小児科へ行くのは、初日の挨拶回りから二度目だった。  小児科へは、蒼に出迎えられ、医局へ通された。初日は、ナースステーション前で挨拶しただけなので、医局へ入るのは初めてだった。ここが、蒼の職場。病院での本拠地か……そう思いながら、尚久は香りを追った。 「先生方、態々ご足労いただいて恐縮です」  蒼は真摯な挨拶のあと、依頼する患者の説明を始める。例え義弟と言えど、病院では私情を挟まない。それは、雪哉が徹底していて、蒼も守っている。  尚久も、最初に雪哉から厳しく言われているので、それは心得ている。カルテを見ながら、蒼の説明を静かに聞いた。

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