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第8話 2章 尚久と尚希
蒼が依頼した患者は、萩原尚希、ベータで十五歳の高校生。
「初診は昨年ですか?」
「はい、激しい頭痛を訴えての受診です。手術の必要性を診断しましたが……」
「残念ながら私ではお受けできないので、薬で対症療法をしてきたわけです」
以前の甲斐ならば、出来た案件だが今は厳しいということだった。
「そろそろそれも限界かと……」
蒼の心配そうな言葉に、尚久は頷きながらカルテを詳細にみていく。子供といえど、十五歳だ。確かに、一例目の患者に比べれば難しいが、大丈夫だと判断する。
「そうですね、確かに手術で根本的な原因を取り除かないと、薬では限界ですね。早急に手術した方がいいですね。大丈夫です。やりましょう」
力強く請け負った尚久に、蒼は安堵する。蒼の受け持ち患者で、今一番気に掛けている患者だからだ。
「そうですか、良かった! 感謝します」
蒼のほっとした表情には、安堵の思いが現れていて、尚久はそれが嬉しい。
「では、早速ですが今日彼は学校の帰りに受診しますから、直接診て頂けますか?」
「はい、私もそうしたいです」
尚久の気持ちは執刀する事で固まっているが、直接患者とは会いたい。患者の受診時に、尚久も小児科外来へ出向くことに決まる。
その後、甲斐は席を外したが、尚久は残って、蒼から当該の患者萩原尚希に関しての詳しい話を聞く。患者のプライバシーに踏み込むことは出来ないが、ある程度の背景は知っておいた方が良いと思うからだ。
「両親共にベータですね」
「そうです、しかし父親は彼が四歳の時に亡くっています。ガンだったそうです」
四歳か、物心つくか、つかない頃だな。父親の記憶はあまりないだろうと思う。
「そうですか……一人っ子だから、母親と二人暮らしですか?」
「はい、お母さんは忙しい方のようであまり病院へも来られないのが……」
尚希の母、萩原恵美は若くして夫を亡くした。ガンの診断を受けて、亡くなるまであっという間だった。若いため、進行も早かったのだ。
恵美は、幼い尚希を抱えて、暫し茫然自失した。しかし、悲しみに浸る間もなく、仕事へ復帰した。編集者の仕事は、本来激務だ。尚希が産まれてからは、若干セーブもしていたが、この時から仕事に没頭した。生活のためもあるが、悲しみから逃れるためでもあった。
忙しくしていれば、夫のいない空虚感を感じずにすむ。そんな恵美にとって、尚希を思いやる、心のゆとりがなかった。
尚希にとっての母は、常に忙しく、帰宅も遅い。休日に出勤することもしばしばだった。幼い時から、そんな状態。それが普通だった。
物心つくかつかないうちに父を亡くした。父への記憶はほんのわずかしかない。そして、母は常に忙しい。尚希は、いつも淋しさを胸に抱いていた。
だが、それを口に出すことはできなかった。父親がいないから、母が働かないと生活できないと、子供心にも理解していたから……。母を、困らすわけにはいかない。
「今日も一人で来ると、手術の承諾が困りますよね」
未成年のため、手術には保護者の承諾が必要だ。
「手術が決まれば手術に承諾書が必要なのことも話して、なるべくお母さんと一緒に来てねとは言ったけど……ただ、余り強く言うと、尚希君が気に病むと思ってね」
蒼は悩まし気に言う。実際、悩ましいことだった。
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