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第9話 2章 尚久と尚希

 蒼には、尚希の境遇は他人事とは思えなかった。事情は違うが、蒼も孤独で、病院の受診も、入院さえも一人だった。故に、雪哉の配慮は心から嬉しかった。そのおかげで、今の自分がある。彰久と出会い、結婚出来たのも、それが原点にあるからだ。  だからというわけではないが、尚希にも出来るだけ手を差し伸べたい。それには先ず手術だ。そう思っている。蒼と疾患は違うが、尚希の場合も手術で治癒することは明らかなのだ。  尚久も蒼が西園寺家で顧みられず、孤独だった過去を、大体は知っている。その為に母である雪哉が目を掛けたことも知っている。そういう過去を持つ蒼が、この可哀想な患者に思入れがある気持ちは理解できた。  尚久自身は、両親の揃った温かい家庭で育った。血は繋がらないが蒼もいた。しかし、世の中には家庭に恵まれない子供もいるのだ。尚久は、自分が執刀することになる、未だ見ぬ患者に同情心を抱いた。  その日尚希は一人で来院した。蒼の悪い予感は当たってしまった。 「尚希君、先日話した手術だけど、もし受けるなら、こちらの先生、北畠尚久先生が執刀してくださるんだ。若いけど、アメリカで修行して、腕は一流なんだよ」  尚希は、軽く頭を下げ、そしておずおずと尚久を見上げる。 「あっ! 君! こないだぶつかった子だね。大丈夫だった?」  尚希も小さく「あっ」と発した。あの時の背の高い人。先生だったんだ。北畠ってことは、蒼先生の弟かなあ? だけど、それを聞くことはできない。ただ小さく「大丈夫です」と言った。 「ぶつかったって、どうしたの?」 「初めてここへ来たときに、案内版を見上げてたから、この子とぶつかたんです。大丈夫そうだったから、そのまま別れたんだけど」 「そうか、そんなことがあったんだな、それは偶然だったね」 「君、尚希君っていうんだな。先生は尚久。字も同じ尚。ふふっ、同じ尚同志よろしくな」  尚久は、緊張している尚希をリラックスさせようと、なるべくフレンドリーに話す。それに対して、尚希は小さく頷いた。少し心臓がドキドキしている。 「ふっ、そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。先生に君の手術任せてくれないか?」  尚希はうつむいたままだ。あの時も思ったが、やっぱりちょっとコミュニケーションにも問題があるのかな? と思う。それは、たぶん尚希の環境のせいだろう……そこも含めて何とかしてやりたい。 「心配? それとも怖いのかな?」  尚希は頷いた。正直な気持ち、その両方だ。病院を受診する事さえ最初はそうだった。だけど、頭痛とめまいに、こわごわと受診した。そうしたら、診察してくれた、蒼がとても優しかった。来て良かったと心から安堵出来た。  以来受診は怖くなくなった。どころか、毎回診察の終わりに「気を付けて帰るんだよ」と頭を撫でてくれる蒼が嬉しくて、楽しみにしているくらいだ。  けれど、その蒼が勧める手術でも、正直怖い。理由はない。ただ漠然とした不安だった。

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