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第14話 2章 尚久と尚希

 春久の右手を彰久が握り、左手を蒼が握り、三人は母屋から離れへ歩いて行く。同じ敷地の離れだから、庭を通ればすぐの距離だ。  離れへ入るなり、彰久は蒼を抱きしめ、その柔らかな唇に口付ける。蒼の唇は甘く蕩けるようだ。彰久は舌を口腔内に侵入させ、その甘さを味わっていく。  春久が側にいる。さっき、ばらされたばかりだ。蒼は、彰久の衝動のような口付けに抗った。しかし、彰久はその抗いを許さない。そして、蒼も次第に彰久の巧みな、舌技に翻弄されていく。足の力が抜けていく。  漸く、彰久が唇を離すと、「あっ……もう、だめっ」彰久にしがみつく。すると、春久が蒼に抱きついた。蒼はしゃがみ込み、春久を抱きしめる。 「パパ、ママのお口にちゅーってした。はっくんもする」  だめだよ、それはパパだけのものだからと、彰久が言う間もなく、春久は蒼の唇にちゅっとする。そんな春久を、蒼は抱きしめて、その頬や顎に口付ける。愛しくてたまらないというように。  我が子に後れをとってしまった彰久は、苦笑しながら、両の手で、二人を抱き込む。我が子にまで、嫉妬心を覚えるのも事実だが、可愛いと思う気持ちにも偽りはない。春久を守るためなら、自分の命も犠牲に出来る。  自分の命に代えてでも、守るのは蒼と春久の二人。それは絶対に誓える。 「さあ、風呂に入るぞ」 「うん! しゃんにんではいる!」  そうなのだ。いつも三人で一緒に入っている。むしろ、そうでない時の方が珍しい。蒼も、それを春久が母屋で話すのを、最初は恥ずかしいと思ったが、仕方ないと思うことにした。別に悪いことではないからだ。  しかし、今日のちゅーっはさすがに恥ずかしかった。それなのに、帰るなり今日も目の前でキスされた。ひょっとして、あき君わざとやってる? 後で、春久が眠ってから注意しようと考える。  事実、彰久はわざとだった。尚久が想像した通り、本当はもっと大っぴらにしたいと思っている。だから、春久がばらすたびに、内心嬉しいのだった。  ゆえに春久が寝入ったの見届けた蒼が「あき君、春久の前では、少し控えて」と言ったのを、「うんそうだね」とは言ったものの、控える気持ちは全く無かった。  彰久は、蒼を安心させるように、優しくその全身を愛撫しながら、愛おしすぎる最愛の人。この人への愛の行為を、控えるなんてできない。我が子の前で、キスすることもそうだよと、思うのだった。  この日も、尚希の母の帰宅は十時を過ぎていた。 「ただいま、今日病院へ行ったわよ」 「うん、そうなんだってね。ありがとう。夕方先生から連絡があって、手術来週の火曜に決まったから、月曜に入院だって」 「早速決まったのね。学校へも知らせておかないとね。入院の準備とかは、何か聞いた?」 「先生も一度来て欲しいってだから、明日帰りに病院へ行って聞いてくるよ」  頷いた後、母は何も言わず、そのままシャワーを浴びに行く。入院するとき来てくれるのかな……手術の時は、立ち会ってくれるのだろうか……余り望めないだろうな。それは尚希にも分かる。でも、来て欲しい。通常の受診は一人でも、そんな時は来て欲しい。しかし、それを母に質すことも、望みを言うことも、尚希にはできない。多分、そうすれば、母は困るだろう。ひょっとしたら、その場限りのことを言うかもしれない。  今までも、嘘をついたわけではないかもしれないが、母の約束はあまり期待できない。それを尚希は知っていた。例えば、授業参観などに、行くわと言っておいて、結局来ないことは何度もあった。その都度、急な仕事が入ってと、言い訳された。そんなことが続いて、尚希は段々と望まなくなった。  望みを言って、期待して裏切られるよりも、最初から望まなければいい。そしたら、単にやっぱりな、と思うだけ。その方が傷つかない。それは、尚希が長年にわたって、身に着けた一種の処方術だった。

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