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第13話 2章 尚久と尚希

 三人のやり取りを横で聞いていた彰久が、蒼の額に口付ける。雪哉が蒼をねぎらったように、彰久も同じ気持ちだ。夫として、この優しい人が誇らしい、その思いからの自然の口付けだ。すると、それを見た春久の顔がぱーっと綻ぶ。 「パパ、ママに、ちゅーっ! おくちには、ちないの?」  眼をきらきらさせて言う春久に、皆苦笑を誘われる。蒼は、我が子の盛大なばらしに、顔を染めてうつむく。恥ずかしくてたまらない。 「ふっ、お前たちなあーっ、仲のいいことはいいが、子供の前で少しはひかえなさい」  半ば呆れながらも、雪哉は言うが、決して叱っているわけではない。二人の仲が良すぎるのは、十分すぎるくらい知っている。 「すみません」蒼が小さく言う。恥ずかしくて、いたたまれない。 「夫夫なんですから、それくらい当然です。日常ですよ。それに両親の仲がいいのは、子供のメンタルにもいいのは定説です」  堂々と言う彰久に、「あっ、あき君……」蒼は彰久の上着の裾を軽く引っ張る。益々恥ずかしい。お願いだから、それ以上は言わないでと思う。 「全く、お前は……」  雪哉もそれ以上は言わず、微苦笑を浮かべる。確かに彰久の言う通りでもある。事実、春久は嬉しそうにしている。まあ、キスぐらいいいか、それ以上はさすがに自制するだろうし、そう思うのだった。  その様子を見ていて尚久は、もう可笑しくてたまらない。笑うと、明らかに恥ずかしがっている蒼に、気の毒だと思い懸命に堪える。おそらく、いや確実に二人は春久の前でもハグし、キスするのは日常なのだろう。  それが、春久のメンタルに良いのも事実だろうと思う。春久は天真爛漫な良い子に育っている。  二人の仲の良い日常。ただ、それが知られた時の二人の反応の違いが面白い。蒼は恥ずかしがり、彰久は誇らしげに堂々としている。むしろ、自分からばらしたいくらいの思いを感じる。  尚久には、彰久のその気持ちも分かる。彰久にとって、蒼は自慢の番であり、配偶者なのだ。自分のものだと誇りたいのだろう。尚久は、そんな兄を羨ましく思う。妬みは覚えないが、ただ、羨ましいと思うのだ。  兄が長年の思いを貫いたのは事実だ。それは率直に認める。しかし、自分も蒼のことを思い続けていた。兄と比べて、自分に無かったものは……やはり、運命の人ということだろうか……。  兄と蒼が運命の仲であるのは事実だ。両親からもそれは何度も聞いている。皆が認める事実なのだ。つまり、自分には最初から勝ち目はなかったのだ。運命の仲の二人に、入り込める隙間は、これっぽっちも無かった。決して成就するはずのない恋を、自分は長年していたことになる。  運命か……そもそも運命の番など、極めてまれで、都市伝説とも言われる。それが、自分の身近では、父と兄、二代続けて運命の相手と出会い、結ばれた。本当にまれなのだろうか……と尚久は思う。  きわめてまれな事が、たまたま親子で続いただけなのだろうか……。自分は、どうなのだろう……。運命の相手は未だ出会っていないだけなのだろうか? それとも、存在もしていないのだろうか……。  今は何も分からない。自分の相手は、オメガなのか、アルファなのか。もしかしたら、ベータということもあるのか。男か、女かもある。全く未知なのだ。そこに不安はない。期待は、少しある。  相手が運命の人でなくても、兄たちのように、幸せな家庭を築きたい気持ちが芽生えている。兄たちが、余りに幸せそうだから。自分にも、あんな幸せが欲しい。それは尚久の素直な思いだった。 「おやすみなしゃい」  春久の元気な挨拶で、彰久親子が離れへ帰っていく。それを大人四人が笑顔で見送る。 「可愛いよなー」  雪哉の言葉に尚久は頷く。 「可愛いですよ。春久は北畠家の太陽だな」 「ああ、春久は可愛すぎる。我が家の太陽で、天使だ」  高久が、真顔で言うので、さすがに尚久は少々驚く。父がこんなセリフを、真顔で言うなど、帰国するまで想像していなかった。しかし、尚久もその言葉に異論はない。確かに春久は、太陽であり、天使であると思う。それは、帰国後のこの短い時間でも、十分に感じるのだった。

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