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第16話 3章 手術
「やはり、一人での入院でしたね」
「うん、少し期待したけど、まあ予想通りかな。それもあってね担当を花山さんにした。彼女は、あたりが柔らかいし、おっとりしたところがあってね、尚希君にはいいかと思ってね」
確かに、少しぽっちゃりした、優し気な人だった。尚希は、蒼の人選に感心する。
尚希の母は、母性はあまり感じられなかった。見るからに仕事第一という感じがした。だから、優しいタイプの人がいいだろうと、尚久も思う。
「優しそうで、母性的なところがいいですね。尚希君のお母さんは、明日の手術も期待はできませんね」
「そう思っている。まあ、来てくだされば嬉しいけどね。手術室へ入るまでは私がついているよ。入ってからは、本人は意識が無いからね。ああ、でも私も立ち会わせてもらう。尚久先生の手術見たいからね」
「えっ、そ、そうですか!」
蒼も立ち会うって! ちょっとそれは……でも、断るわけにはいかんな。尚久は、慌てつつも承諾する。蒼は尚久が慌てたことは、全く気づいていない。蒼も、そういうところはおっとりしていて、昔から変わらない。
単純に尚久はどんな手術をするだろうか、という好奇心。医師としての好奇心とも言える。ましてや、患者は自分の患者で、難しい手術。是非立ち会いたいと思うのだった。
彰久の手術は立ち会ったことがある。我が夫ながら、素晴らしい手技だった。高久の手術は知らない。しかし、高久は神の手、今や伝説だ。
それからすると、尚久も素晴らしいのだろう。蒼は、当初から小児科医を志した。それ以外に目をやったことはないが、外科医に対しては、憧れというか、尊敬の気持ちが強い。自分にはない技術だからだ。
「じゃあ、尚久先生ご足労ありがとう。またのちほど」
蒼の言葉に、尚久は会釈して医局にもどりつつ、明日の手術のことを考える。あお君、立ち会うのか……いやではないけど、ちょっと落ち着かないかな。まあ、でも正常心だ。いつも通りやるだけと思う。
そして、ふと考える。兄さんの手術は見たことがあるのだろうか? もし、知っていたら自分と比較するだろうか? 兄さんの腕は一流。それは十分知っている。しかし、自分も負けてはいないはず、自信を持つんだ! 尚久は、気持ちを奮い立たせるのだった。
蒼に言われた通り、午前中は検査等で何かと忙しかった。しかし、花山が優しい人で、それは安心出来た。おっとりしたところも尚希には良かった。尚希自身おっとりした性格だから。
母は忙しいせいか、何をするのも早く、尚希とはリズムが違った。親子なのに全く似ていなかった。母はそんな尚希にイラつき、尚希は萎縮するところがある。そこも蒼は、おおよそ察していたゆえの人選でもあった。
昼食後、ベッドへ横になる。めまいもするので、体を横たえると幾分ほっとする。一応勉強道具は持ってきたが、今日は無理だ。まあ、二、三日しなくても大丈夫だろうと、割り切ることにする。
いつの間にかうとうとと眠っていた尚希は、ノックの音で目を覚ます。しかし、まだ頭はぼんやりしている。そこへ、蒼が入ってきた。
「先生……」
「寝てたのか? 起こしてしまったかな、悪かったね」
「大丈夫です」
蒼の優しい笑顔に、ぼんやりしていた頭が、晴れてくる。花山も優しいが、蒼はまた格別、尚希は大好きだ。
「検査の結果も問題なしだから、明日は予定通り手術が出来る。それを伝えようと思ってね」
「そうですか」尚希も安堵する。せっかく入院したんだから、手術はして欲しい。
「明日ね、先生も立ち会うからね。そして、尚久先生の腕は確かだから、君は何も心配いらない」
蒼の力強い言葉に頷いた。明日、母は来てくれないので、蒼がいてくれば安心だ。いや、蒼がいてくれれば、母はいなくてもいいとすら思う。
「他に何か心配な事とかあるかな?」
「無いです。大丈夫です」
「そうか、何かあったら遠慮なくナースコールしていいからね。じゃあまた夕方顔をだすよ」
蒼はそう言い残して、病室を出て行った。
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