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第26話 4章 北畠家

「ごちそうさまでした。美味しかったです」  尚希が手を合わせて挨拶する。礼儀正しい子だ。  尚希の礼儀正しさを、皆即座に感じ、口には出さないが感心する。放任状態とは言うが、躾はされているようだと、忙しい母親にも感心するのだった。 「美味しかったら良かったよ。うちの食事、口に合ったんだね。また食べにおいで」  蒼の言葉に、尚希は小さく頷いた。こんなに美味しい食事ならまた来たいと、それが正直な思い。食事が美味しいのは勿論だが、皆と話しながら食べるのは楽しい。いつも一人で黙々と食べる尚希にとって、食事とは楽しいものではない。半ば義務のようなもの。その食事への思いが変わる、大げさでなく、そうだった。 「遅くならないうちに送ってくよ」 「はい」名残惜しい気持ちもあるが、尚希は小さく応えた。 「また遊びにおいでよ」皆が口々に言ってくれる。 「なっくんまたきてね」  春久も言ってくれる。一緒に遊んであげたわけではない。絵本も読んであげたわけではないけど……。気に入られたのかな? 戸惑いながらも「うん、ありがとう。またね」と言うと、春久は満面の笑顔になる。  春久の笑顔が可愛いくて、尚希もぎこちないながらも、笑顔になる。どうして、気に入られたのかは分からないが、気に入られたのなら嬉しい。また来たいなと思うのだった。 「お母さん帰ってるかな? 夜になったから挨拶したほうがいいからな」 「多分まだ帰ってないと思うから、大丈夫です」 「そうか、じゃあよろしく伝えておいて。また来るだろう」  また行きたいけど……その気持ちは嘘ではないが、尚希には懸念がある。うつむく尚希に、尚久は問う。 「なんだ、なんか心配でもあるのか? 遠慮しないで、言ってみろよ」 「……院長先生と彰久先生がいると、緊張するかも……」 「はっ、あの二人に緊張するって……」  ありえないと尚久は思うが、尚希にとってはそうなのか……まあ、世間的にはそうなのかもと、思い直す。 「あのな、父さんは孫にメロメロなただのじいさん、兄さんはいまだにあお君に夢中で、あお君しか眼中にない人だよ。つまり、全く緊張なんてする必要のない人たちだよ。来てみればわかる。来るだろ?」  尚希を覗き込むように言うので、尚希も頷いた。だけど、孫にメロメロで、配偶者しか眼中にないって、一体どんな人たちだ? と興味も湧く。  次に訪問する日時を約束して、尚希は車を降りた。ぺこりと頭を下げて、マンションの中へ入っていく尚希を見届けてから尚久は車を発進させた。 「今日は尚希君が遊びに来るから」 「ああ、蒼の患者だったな。先日も来たのだろう」 「うん、とても礼儀正しくていい子だよ。春久も懐いてた」 「あお君の患者と言うよりも、尚久の患者で、尚久が呼んでるようですよ」  雪哉と高久の会話に、彰久が割り込む。彰久にとって、蒼が患者に親切なのは当然だが、家まで呼ぶのは、嫉妬心を覚えるのだ。蒼が、尚希を家に誘うか迷ったのはこれだった。彰久はあまりいい顔をしないかもと、思ったのだ。  しかし、尚希は尚久が誘った、言わば尚久の客。それならば、なんの問題も無い。春久も懐いているなら、更になんの問題も無い。 「そうか、あれも自分が執刀した患者は気になるのだな。いい子ならいいのではないか、春久にも友達ができて」  春久の友達認定だ。尚希がこの場にいないのは幸いだ。いたら、三歳の子の友達と、嘆いたことだろう。

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