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第33話 5章 爽やかな風

「おっ、またはるはママに甘えているなあ」  尚希の来宅を知った尚久が、二階の自分の部屋から降りて来た。 「ママ大好きだもん」  春久は、離すもんかというように、更にぎゅっと抱きつく。そこへ、彰久も離れからやって来た。 「はる、散歩に行くぞ」と言って、春久を蒼から引き離し、そのまま抱き上げて外へ出て行く。蒼もニコニコしながら後に続いた。  その三人を、尚久は苦笑交じりに見送る。同じく尚希もふふっ、と思わず笑いを零すと、二人は顔を見合わせて苦笑する。  彰久は、春久が蒼に抱きついていると、何かと理由を付けて引き離すのだ。その理由がいつも正当なので、春久も嫌がらない。どころか、今のように喜んでいる。  でも見ている者は分かる。彰久の蒼に対する独占欲の現われだと。尚希も最近それが分かるようになった。  アルファの番のオメガに対する独占欲。それは相当なもの。特に彰久のそれは強いが、北畠家の人以外にアルファを知らない尚希は、それが普通のことのように思う。アルファとはそういうものだと。 「先生、この間はごちそうさまでした」 「ああ、お前が良かったなら僕も嬉しいよ。ご馳走したかいがあった」  尚久の言葉に、尚希は頬を染める。そして、それ以上何を言ったらいいのか分からない。うつむく尚希に、尚久は微苦笑を浮かべる。  尚希が大学生になったことをきっかけに、二人で会おうと思った。いうならばデートに誘ったわけだが、尚希にその認識があるのか。多分、いや確実にないだろう。  蒼への思いが、完全に消えたかと言えば、それは自信がない。けれど、確実に心を痛めることは無くなっている。それは、尚希の存在が大きいと、尚久は思うようになった。  故に、二人で会ってみようと思った。尚希の自分に対する思いは、まあ、先生だろうな。尚希は初心だ。初心すぎると尚久は思っている。  今まで、恋人はおろか好きになった人もいない。それは、本人も認めている事実。 「好きな人いないのか?」 「い、いないよ」 「そうか、いないのか、今までもか?」 「うん、いたことないよ」  その時、ああ、そうだろうなと妙に納得できた。そして、これから尚希が好きになる人は、尚希の初恋の相手になるんだなと思う。  同時に、尚希の初恋の人には自分がなる。そう思った。自意識過剰か? そうではない。根拠はないが、そう思った。尚久自身も気付いてないが、尚希への思いが芽生えていたのかもしれない。 「大学はどうだ?」 「まだ、本格的な講義は始まってないから分かんないけど、多分大丈夫そう」 「そうか、お前の入った工学部は医学の発展にも寄与するたいせつな学問だからな、頑張って学べよ」  尚希は工学部に入学した。文系より理系と思ったが、医者は自分には無理と思った。北畠家の人達を見ていて、学力もだが、コミュニケーション力の無い、自分には向いていない。ましてや、外科医なんてとんでもないと思った。  コミュ障気味の自分には、コツコツと研究を積み上げて、成果をだす学問が向いていると思った。工学部だと、社会に役立つ、電子機器の研究もある。中でも医療系の電子機器の研究に興味を持った。多分、それは北畠家の人達の影響。間接的にも、医療に役立てばいいなと思ったのだ。 「うん、頑張ろうと思っている」  はにかみながらも、応える尚希に、尚久は満足そうに頷いた。  尚久は尚希の進路を聞いた時に、率直に嬉しいと思った。実際どうするのかと気にはしていた。文系ではなく、理系とは知っていた。しかし、尚久も尚希は医者には向いていないと考えていた。  どうするのか? 医師以外の道を知らない尚久にはアドバイスも出来ない。故に、蒼経由で進路を知った時驚きと共に、医療に親和性のある学問を選んだことに嬉しさを感じた。  蒼も嬉しそうだった。その日は、北畠家の話題はそれが一番だった。皆、喜ばしいことだと、喜び合った。

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