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第39話 6章 母への理解

 母の恵美にとっても、尚希の北畠家との交流は意外だった。自分の息子は人見知りするタイプで、人間付き合いは苦手だと思ってきた。故に、度々お邪魔して、ご飯まで頂いてるとは、大げさではなく驚愕したのだ。  そして、これまで何も知らず、親として何もしてこなかったのが悔やまれた。さぞ、常識外れの親と思われていただろう。尚希に対して、何故何も言わなかったのかと思ったが、言えなかったのだろうと自省する。  仕事第一でここまできた。故に、経済的には不自由させていないという、自負はある。母子家庭だからと、尚希に我慢させたくなかった。学校も私立の中高一貫校から、大学も私立大学だ。  が、忙し過ぎた――のだろう。恵美は、自分を振り返り、何かを忘れていたのかもしれない、そんな思いに囚われた。  もし今からでも遅くないのなら……間に合うだろうか……。 「お孫さんって、どんなお子さんなの?」 「今六歳で来年小学生になる。春久って言って、みんなはる君って呼んでいる、僕ははっくんっていうけどね。良い子だよ。凄く可愛いんだ」 「そうか、可愛い子なんだ。春久……確か先生は尚久だったよね」 「そう、そして院長先生が高久、お兄さんが彰久先生。みんな久の字つけるのが決まりなんだって」 「通し字かあ、さすが名家ね」 「通し字?」 「そうよ。由緒ある名家はね、代々名前に同じ字を使うのよ。それを通し字って言うの。間違ってもキラキラネームは付けないわね」 「そうなんだ。さすがにキラキラネームは、僕でもおかしいと思うけど。通し字って名家の証なんだね」 「そうよ、一般庶民とは違うのよ」  改めて言われると、全くの一般庶民の自分とはつり合いが取れない。凄いお宅なんだと思う。尚希は、急に不安になってきた。自分などが出入りしていいのだろうか……。 「うちなんて、一般庶民だから、僕出入りしていいのかな」 「誘って頂いているんだから、いいと思うわよ。ただ、こちらもきちんとしないと。この間も言ったでしょう、粗相の無いようにって言うのは、そう言う事よ」 「うん、そっかー、そうだね」 「春久君、来年小学生なら何かお祝いしないとね」 「お祝いって、何か買うの?」 「当たり前のことよ。小学校入学ってのは、かなりの節目の行事だから。初孫でお孫さんまだ一人なんでしょう。そしたら、お祝いも相当気合が入るわよ。何といっても、次の跡取りなんだから」 「ランドセルは院長先生が買ってくれたって、はる君嬉しそうにしてた。凄く上等そうなランドセルだった」 「そうでしょうね、ランドセルは祖父母が買うって相場が決まってるから」  恵美は編集者という仕事柄、そういった世相には一般の人より通じている。 「見劣りしないで、喜ばれるもの、何がいいかしらね。まあ、まだ日があるから母さん考えておく」  ここでも尚希は、母を見直した。お祝いの事など全く考えていなかった。おめでとう! と言う気持ちは十分ある。今日も、ランドセルを見せて喜ぶ春久に、自分のことのように嬉しいし、可愛いと思った。  けれど、お祝いの視点はなかった。そこが、大人と子供の違いなんかな――尚希は漠然とながらそう思った。

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