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第41話 6章 母への理解

「もーっ、先生何笑ってるの? 僕のことだよね」 「いや、違う。お前の事笑ったんじゃないよ」 「じゃあ、なんで笑ってるの?」 「ちょっとな、自分で可笑しくなっただけだ」  尚希がむくれている。自分のことを笑われたと思っているのだ。そのむくれた顔も可愛いと思う。自分に自然に見せる、素直な表情。ふっ、ほんと可愛いな。  尚久は、尚希の顔を両の手で包み、その額に口付ける。尚希は、びっくと反応して、その頬はたちまち赤く染まる。  ああ、この初心な反応、たまらんな……。  以前にも、高原へ行ったとき、額に口付けた。その時の反応と変わらない。ちょっと間が空いたからか……。初心さは変わってない。  そこがいいとも言えるが、もう少し慣らさせたい。この感じだと、大人のキスどころか、唇への軽い口付けも相当驚くだろうな。  今、早急に唇を奪いたい衝動に駆られるものの、いや、もう少し待とうという気持ちもある。  尚久は、頬を染めた尚希の顔を見つめながら、少し迷った。迷ったが、結局後者を選び、己の衝動を抑え込んだ。そして、もう一度尚希の額に口付けると、そのまま尚希を抱きしめた。  尚希の心臓の音が激しい。ドクドクと波打っているようだ。  これだけのことで、この反応。やはり、待って良かった。急ぐことはない。時間はたっぷりある。  思えば、待つことは北畠家の流儀とも言える。父と、兄も、母や蒼を自分のものにするために、相当な時間をかけた。じっくりと、時間をかけて全ての堀を埋めて、自分のものにしたのだ。  二人のその我慢強さと、情熱は称賛に価すると自分も思っている。兄に対しては後れをとったとの、複雑な思いはあるが、兄が初恋を貫き成就させたのは、紛れもない事実。それは率直に認めている。  自分も待つか、この初心な尚希が、真の大人になるのを……。  大人になるのをただ待つのじゃない。それでは受け身だ。自分が大人にしてやればいいのだ。少しずつ、育てるように……。  尚久は、気付いたその思いに、心が躍るのを感じた。それは、楽しみだと心から思うのだった。  尚久の胸の温もりを感じながら、尚希の胸はドキドキが止まらない。段々と激しさを増すような。  尚希は戸惑った。どうしたらいいのか分からない。  おでこにキスされたのは二回目。ううん、今日は二回もされたから、合計三回だ。  今日は、そればかりじゃない、こうして抱きしめられている。  どうして? 先生どうして? どうしよう……ドキドキが止まらない。もう、心臓が口から出そうだ。  尚希は、尚久の腕の中で、半ばパニックになっていた。  永遠にも感じられた時間。実際はどれくらいだったのだろう――。尚久が、抱きしめていた腕を緩めた。  尚希は、怖いのと、恥ずかしさで顔を上げられない。その尚希の顔を、尚久は包むようにして上げる。  尚希は瞬きをしながら、尚久の顔を見る。尚久は優しく微笑んでいる。その顔に、尚希はほっとする。  が、声は出ない。尚久も無言のまま。  そして、再び尚久は、尚希の額に口付けると、微笑みながら尚希の体を離した。

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