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第42話 6章 母への理解

 その晩、尚希は中々寝付けなかった。今日の尚久の行動が、何を意味するのか分からないからだ。  キス? 額にキス……。  初心な尚希にも、額にするキスと、唇へのそれとの違いくらい分かる。  額や頬へのキスは子供のキス。唇へは大人のキス。  つまり、そういうことだろうか……。  そうだ、だから、あのキスは子供へのキスだ。  先生にとって自分は子供だ。お前は子供だろうと、何度も言われている。春久と同列なんだ。  自分が北畠家へ出入りしているのは、春久の友達だからだ。最初のきっかけがどうにしろ、今は、そうだと思っている。  尚久は十年近く、アメリカで生活している。だから、あちらの行動様式が、身についているのかもしれない。  欧米の人は、ハグやキスは日常だ。今日のキスも、そしてハグも、それなんだろう。単に親しみを込めた挨拶、その程度だと思う。  尚希は、無理矢理そう理由づけた。  だったら何故、出会った頃から、尚久がそういう行動をしなかったのかは、全く気付いていない。  今まで、ずーっと日本人の行動様式だった尚久が、急に、欧米化したのか? そんなことはない。しかし、そこに尚希は思い至らない。  そうやって、無理矢理解釈するしか、尚希にはできない。  それが尚希だった。  それなのに、そう解釈しても、心の動揺は収まらない。  先生の唇の感触……それは覚えていない。三回とも頭が真っ白になったから。  けれど、抱きしめられた時の、先生の胸の感触は覚えている。  とても温かかった。その状況に、半ばパニックになった。それなのに、離された時は、ほっとしながらも、寂しさも感じた。もっとそのままでいたかったような……。  そうだ、別に深い意味はない。  そう結論付けても、尚希の心から、尚久の面影が消えない。  あの優しい笑顔と共に、尚希の頭に浮かんで、離れない。  悶々としながら、何度も寝返りうつ。そうして、漸く夜も深くなってから、尚希は眠りについた。  先生……と心の中で呟きながら……。  遅くまで、悩んだせいもあるのだろう、その晩尚希は夢も見ないで、深く眠った。

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