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第44話 7章 初めての恋心

「萩原君」 「あんた、確か萩原君だったよね」  午後の講義が終わり帰り支度をしていた尚希は、二人の女学生に声掛けられた。  一度も話したことのない学生。彼女たちだけでなく、尚希は他の学生とほとんど話したことはない。北畠家では普通に交流しているが、大学では相変わらず人見知りで、非社交的な尚希だった。  尚希は、おどおどして、女学生たちを見る。 「この間一緒にいた人誰? 何度か迎えに来てたのも見たことあるけど」  一緒に? 迎えに来た――ああ、先生のことか。 「先生だけど」 「先生?!」 「お医者さんだから」 「へーっ、お医者さんなんだ。当然アルファでしょ」  そうだけど、それが何――尚希は早く立ち去りたくて、心も、体も出口へと向いている。 「彼氏なの?」  彼氏! えっ! それは……違うよな……。 「だから! あんたの彼氏なの?」  答えられない尚希に、二人は畳み掛けるように再度同じ質問を発する。 「ち、違うけど」 「そうよね」  二人は値踏みするように尚希を見る。こんな、地味な子が、あんな、見るからにアルファで医者の彼氏のはずはないとの目だ。 「でも、どうして彼氏でもないのに、時々会ってるの?」 「だ、だから僕の手術してくれたお医者さんだから」 「あーっ、なるほど主治医ってことか……ねえ、紹介して」  しょ、紹介!? ど、どういう事だよ――。 「ど、どうして……」 「お近づきになりたいからに決まってるでしょ。あんな、見るからにアルファのハイスペックな人、エリート医師よね」 「そうよ、いずれは玉の輿とかね。絶対お近づきになりたよね~」  お近づきに……な、何言ってるんだ、この子たち。しかも玉の輿って! 「いや、駄目だよ、そんな」 「なんでよ!? あっ! あんたも狙ってるわけ。彼氏になりたいんでしょ。玉の輿だもんね。大人しそうな顔して、意外と野心あるんだ」 「そっ、そんなんじゃ」 「そうでしょ! 主治医だからって優しくされてるのを勘違いしてるだけじゃないの! 現実見た方がいいわよ。ハイスペックなアルファが、あんたみたいな地味なベータ、まともに相手するわけないじゃない。若い体だけが目当てで、一回寝たらポイかもよ」 「あっ、まさかもう寝たの!?」 「っ――違う!」  あまりの事に尚希は、それ以上何も言えず、逃げるように教室を出た。  若い体が目当てとは、尚久を侮辱されたようで、あんまりだ! 先生の何を知っているんだ!  先生はそんな不誠実な人じゃない。優しい人なんだ。  何も知らないのに、紹介してだの、お近づきになりたいだの、尚希には信じられない。  怒りに体を震わせ、尚希は大学の門を出て、そのまま一心に歩く。  歩きながら、彼女たちに言われたことが、ひと言、ひと言よみがえってくる。  ハイスペックなエリート医師。  母も言ってた、北畠家は名家だと――そうなんだ、一般庶民のうちとは違う。もし、相手になるのなら、それは玉の輿なんだ。  玉の輿? 今まで考えたこともなかった。  第一、自分は先生の恋人じゃない。  じゃあ、なんだ? 自分と先生の関係。  主治医? 違う気がする。友達? もっと違う気がする。  分からない。  尚希は途方に暮れる思いだった。

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