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第70話 10章 愛する人の支え
「尚さん、マンションのことだけど」
「ああ、それは私も考えていた」
「そろそろって言うか、いい加減戻らないとって思って……卒業がいい機会だから戻ろうかなって」
「はっ、戻るって、お前一人で戻って大丈夫なのか? そんなことないだろ」
「うん、まあ……だ、大丈夫?」
「だから、自分でも疑問形だろ。大丈夫なわけないぞ」
そう言われたら、全く情けないけど、否定できない。本音は、ここにいたいから。尚久の側にいたいのだ。
「うーん……でも、マンションもそのままってわけには」
「だから、私もそれは考えていた。折角尚希のお父さんが残して、お母さんが守ってくれた、お前の大切な財産だからな」
そうなのだ、だから大事にはしたい。一人で住むのは淋しいけど、戻ろうと思ったのだ。しかし、続く尚久の言葉は、尚希には意外なものだった。
「私と二人で住むのはどうだ?」
「えっ! 二人で!」
「元々、お前と結婚したら、新居はどうすればいいのか考えてはいた。母屋で同居はさすがに無理だし、兄さんたちのように離れを造るには土地は足りないしな」
尚久は、そこまで考えてくれていたのだ、自分は何も考えていなかった。結婚を現実的に考えることも無かった。ただ、尚久と一緒にいられれば嬉しいなあと、それだけだった。やはり、大人と子供だなあと思う。
「それでだ、お前のマンションを新居にするのがいいと思うんだ。お前は、お母さんとの思い出の場だから、そのまま残したい気持ちもあるだろうが、人が住まないと痛むからな。それよりも二人で住んだら、ご両親も喜んで下さると思うんだよ」
「別に、部屋をそのまま残そうとは思ってないよ。形見の物は大切に持っていればいいから。でも、尚さんはそれで本当にいいの?」
「いいから言ってるんだよ。私はそれが最善だと思う」
「じゃ、じゃあ僕は嬉しいけど。ただ、そのままだと、尚さん使いにくいかも」
「お前さえ良ければ、少し改装と言うか、手入れをしたらいいかな」
「うん、そうだねそうしたいけど。そういうのって、どうすればいいの?」
「それは、私に任せなさい。兄さんたちの離れを造った業者に依頼するばいいだろう」
「じゃあ、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる尚希。こういう所は、親しくなっても礼儀を忘れないのが、彼の長所。尚久が好きな所だ。
「ああ、そしてもう一つ大事な話だ」
徐に言う、尚希は少し構える。なんだろう――。
「結婚だが、お母さんの一周忌終えて、秋にと考えている。お前にもそのつもりでいて欲しいと思ってな」
「あ、秋に?」
「そうだ、お前の誕生日の頃がいいだろう。季節的にも爽やかでいい頃だ」
そうか、秋に結婚――本当に結婚するんだ――夢じゃないよね。尚希は、夢心地の気分になる。
「いいのか? 大丈夫か?」
尚久の念押しに、現実へと引き戻される。
「うん、大丈夫。本当に結婚するんだと思って……」
「ふふっ、お前は……まあ、そこが尚希らしいんだがな。全くの現実だよ。その前に、先ずは卒業式、そして入社式があって社会人。その後はお母さんの一周忌。行事が目白押しだから、秋まであっという間だぞ」
ほんとにその通りだ。ぼやっとしてはいられない。しっかりしないといけない。社会人にもなって、いつまでも子供ではいけない。大人にならねばいけない。
そして、尚久に少しでも相応しい者にならねば、尚久が恥をかくことになる。
頑張ろうと、尚希は思うのだった。心の中で、尚希なりの闘志を燃やすのだった。
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