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01.不憫な悪役令息は両親に売り飛ばされた

 カザニア伯爵家の長女、キャロラインが婚約を破棄された。  新聞の見出しを飾る文字を許すわけにはいかないと言わんばかりの勢いで、彼、ブラッド・カザニアは新聞を握り潰した。  先日、王族主催のお茶会にて勃発した婚約破棄騒動が世間の笑いものになっている。晒し者にするかのように婚約破棄を告げられた悲しみに涙を流すキャロラインの写真が載せられているのは、元婚約者の正当性を主張する為だろう。 「父上はなにをしているんだ! なぜ、キャロラインが侮辱をされ続けているのを黙っているんだ!!」  ブラッドの怒りが籠った声に対し、忙しなく動いていた使用人たちが振り返る。怯えている様子を見せる者がいないのは、妹が侮辱され続けている現状を我慢できるような性格ではないことを誰もがよく理解をしているからだ。  気持ちは痛いほどにわかると言わんばかりの顔をする使用人たちが驚いた表情を浮かべた。それから、なにかあったのだろうと察した表情を作り、一斉に大広間から離れていく。 「ブラッド坊ちゃま」  明らかに疲れ切った表情を隠すこともせず、ブラッドに声をかけたのは執事長だった。 「伯爵様が到着されました」  本来、伯爵領内にある本邸で働いている執事長が、首都にある別宅まで来ているのはブラッドの両親である伯爵夫妻が到着したことを意味する。 「……ようやくか」  ブラッドは待っていたと言わんばかりの表情のまま、立ち上がる。  キャロラインが一方的な婚約破棄を告げられたのが二週間前だ。この二週間、ブラッドは伯爵領の経営が悪化していくことを防ぐために奔走し続けた。  事情を伏せつつも、仕事の休暇を願い出たのは伯爵家の為だった。  その多忙な生活も一段落することだろう。 「父上。母上。二週間もどうしていたんですか? キャロラインがどんな目に遭ったか、わかっていたことでしょう!?」  ブラッドは大広間に足を踏み入れた両親の元に駆け寄りながら、文句を口にする。 「はぁ。うるさい。大きな声を出すなと何度も言ってきただろう」  それに対し、父親であるコーディ・カザニアは大げさなため息を零した。  馬車で移動したことが疲れたのか。  用意させた椅子に座り、足を組む。  それから腹を括ったような表情でブラッドを見つめた。 「お前が我が家の為に奔走しているのはわかっている。騎士団の仕事を休み、伯爵領の為に走り回ってくれたおかげで破産せずに済んだのは、変えようもない事実だ。私は誇りに思うよ。ブラッド。お前は私たちの自慢の息子だ」  息をつく間もなく、コーディは言い切った。  ……嫌な予感する。  まるで別れを告げられるかのように感じた。  ブラッドは両親の性格を嫌になるほどに知っている。  伯爵領の平穏を維持することにしか目を向けてこなかった父親と、伯爵家の価値を高めることに執着をしてきた母親だ。どちらも伯爵家に強いこだわりを持っており、その為ならば子どもたちの生活を犠牲にしても何も感じない人だ。 「多額の賠償金を求められているのは知っているだろう」 「嫌になるほど聞かされましたよ。こちらは賠償金と慰謝料を貰うべき立場だというのに、相手が王族というだけでまるでキャロラインが浮気でもしたかのような扱いを受けているのも嫌になるほど知っています」 「その通りだ。よく理解をしているな」  コーディは傍にいる執事長に視線を向けた。  ……それでブライアンが来たのか。  執事長、ブライアンはコーディの秘書も務めている。  指示をしてあったのだろう。ブライアンは鞄の中から封筒を取り出し、それをブラッドに差し出した。 「賠償金の支払いは終わった。伯爵家の悪評を終息させる手筈も整えた」  ブラッドが封筒を受け取り、中身を取り出したことを確認しながらコーディは淡々とした声で告げた。 「スターチス侯爵家に嫁に行ってもらう」 「……誰が?」 「書いてあるだろう」  封筒の中身はスターチス侯爵家と行ったやり取りを纏めたものだった。  それを見せればブラッドが納得をすると考えたのだろうか。一通り、目を通し、ブラッドは書類を封筒の中に仕舞い、ブライアンに渡す。 「俺の名前が書いてあったんですけど?」  すべては伯爵家の存続の為だったのだろう。  それを理解することができる。  だからこそ、ブラッドは口元を引きつらせた。 「当然だ。ブラッドを嫁に出すことで円満に解決させたのだからな」  二週間、仕事を休んでまで伯爵家の為に奔走をしていた結果、ブラッドは人身売買の被害者のように侯爵家に受け渡されることになっていた。  ……やりやがった。  ブラッドを多忙に追い込んだのは、母親、アビゲイルの提案だろう。  そうすることでスターチス侯爵家の動きを察知できないようにしていたのだ。 「ふざけんなよ! 誰がアルバートと結婚なんか――」 「スターチス侯爵家に向かう準備は済ませておきましたわ。ブライアン。この子を縛り上げてでも馬車に乗せなさい」 「はぁ!? おい! ブライアン!! なにしやがる!」  ブラッドは逃げ道を奪われていた。  動揺をしているブラッドの自由を奪うかのように縛り上げたブライアンに対し、抗議の声をあげるものの、聞き入れられることはない。 「誰か! 父上たちを止めろ!!」  ブラッドの声に対し、姿を見せる使用人はいない。  ……はめられた。  雇い主である伯爵夫妻に逆らえる者はいない。  伯爵の息子であり、伯爵家の為に奔走していたという事実をよく知っている使用人たちであったとしても、なにもすることができないのだ。 「伯爵家の為だ」  コーディはブラッドから顔を反らした。 「今後は侯爵夫人として逞しく生きるんだな」 「ふざけんなよ! 父上!! こんなこと許されると思ってるのかよ!!」 「貴族なんだ。受け入れろ。政略結婚の相手が同性だっただけだろう」  ブライアンの指示により、強引に大広間の外へと誘導される中、ブラッドは抵抗を諦めなかった。 「それが問題だって言ってんだよ!!」  抗議の声をあげながらも、魔力を練ろうとする。  現役の騎士を舐めるなと言いたげな力を籠めるものの、ブラッドが抵抗をするだろうと対策された特注の縄を千切ることはできない。  それどころか、魔法を放つこともできない。  抵抗をすればするほどに魔力が放出されていく。莫大な魔力を誇るブラッドが眩暈を引き起こすほどに強力すぎる拘束具だった。 「……あ?」  それに気づいたのが遅すぎた。  ブラッドの身体から力が抜けていく。倒れないように支えてくれた使用人の顔さえもぼんやりと見え、誰であるのか、把握さえもできない。  ……やばい。  ブラッドは意識を手放した。

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