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02-1.悪役令息は初恋の騎士団長に溺愛される
……最悪だ。
意識を取り戻した時には手遅れだった。
ブラッドは逃げられないように両腕を縄で縛られた状態のまま、見知らぬベッドに寝転がっていた。
……どこだよ。ここ。
見知った自室ではない。
意識を手放す前のことを考えると、侯爵家が所有している別宅に運ばれたと考えるべきだろう。
「起きたのか」
声をかけられ、反射的に肩を大きく揺らす。
それから声のする方向に視線を向け、心の底から嫌そうな顔を浮かべた。
「……お前の部屋かよ」
優雅に椅子に座りながら本を読んでいたのはアルバート・スターチスだ。
「これ。外せよ」
両腕に巻き付けている縄を見せつけるように動かせば、アルバートは鼻で笑った。
読みかけの本を机に置き、無言のまま、ブラッドが横たわっているベッドに向かって歩き出す。その何気ない動きさえも、ブラッドは嫌で仕方がないと言わんばかり表情を崩さない。
「嫌だと言ったら?」
「仕事を無断で休み続けてやる」
「それは困るな。ブラッドの休みのせいで書類が山のようになっている」
アルバートの表情は変わらない。
それでも、冗談ではなく、本当に困るのだろうということ想像できる。
「はっ。ざまあみろ。大嫌いな書類に埋もれちまえ」
煽るように笑う。
余裕があるのだと言わんばかりに振る舞うブラッドに対し、アルバートはなにを思ったのか。ゆっくりと腕を伸ばし、ブラッドの頬に触れた。
「なんだよ。触ってるんじゃねえよ」
ブラッドは不快そうな声をあげた。
それに応えるようにアルバートはブラッドの頬を摘まみ、遠慮なく引っ張る。
突然の痛みに対し、ブラッドは悲鳴をあげそうになったが、息を飲み込んで耐えた。
情けない声をあげるだけで負けた気分になるのだろう。
アルバートに負けるのはなにがあっても嫌だった。
「顔色はいいな」
アルバートは満足したかのように手を離す。
「食欲は?」
「あるわけねえだろ。この状況で腹なんか減らねえよ」
「それもそうか」
納得したのだろうか。
アルバートは姿勢を直し、少々考え込む。
……なに考えてやがる。
この状況を理解しているのだろうか。
不意に問いかけたくなった言葉を飲み込む。なにかと言い争いになる相手ではあるが、アルバートの頭が悪くないことはブラッドもよく知っている。
……父上たちに提案したのはアルバートだな。
学生時代は常に首位争いを繰り広げている間柄だった。
身分差を考え、距離をとろうとするブラッドに対し、アルバートはなにかと挑発を続けてきた。
なにかとブラッドの視界にアルバートがいるように仕向け、興味を抱かせ続けさせるような男である。
それを知っていながらも、ブラッドは逃げられなかった。
……俺以外の相手なんて山のようにいるくせに。
執着をされているということは自覚している。
それを素直に喜べないのは自尊心が邪魔をするからだ。
「ブラッド」
アルバートはブラッドを仰向けにさせる。
両腕の自由を奪われている状態のまま、向きを変えられたブラッドは不服そうな顔をしているが、アルバートは気にもしていないようだ。
「告白の返事を聞きたい」
それは何度も言われている言葉だった。
ブラッドの上に跨り、逃がすつもりは微塵もないのだろう。
「何度も言ってるだろ。俺は男に興味はねえの! 他に当たれよ」
それでも、ブラッドは冷たくあしらった。
「あぁ。せっかくだ。伯爵家を救ってくれたお礼に一発ヤってやろうか?」
煽るように笑ってみせた。
それに対してアルバートは表情一つ変わらない。煽られても怒ることもせず、真っすぐな目でブラッドを見下ろしている。
……イケメンなのは狡いだろ。
同性を性的対象として見れないというのは嘘だった。
……良い顔をしやがって。
一目惚れだった。
数年前、学院の入学式で知り合ってから淡い恋心を抱いていた。
……俺だって好きだって言いたいけど。いまさら、言えるかよ。
その恋心を必死になって隠し続けてきたのだ。
急に素直になれるわけがなかった。
「……そうか」
アルバートは引かなかった。
「告白の返事はいつでも構わない。ブラッドが言いたくなったら言えばいい」
振られるという考えはないのだろう。
アルバートはブラッドの両腕を拘束していた縄を外す。それでも、ブラッドの上から退こうとしない為、ブラッドが自由になることはなかった。
「愛している」
アルバートはゆっくりと顔を近づける。
それに対し、ブラッドは抵抗をするように目を閉じた。
……直視できないような顔をしやがって!!
自由になった腕で押し返そうとするものの、上手く、力が入らない。
「愛しているんだ。ブラッド」
迷うことなく重ねられた唇を拒めなかった。
触れるだけの口付けだ。宝物に触れるかのように優しい口付けに対し、ブラッドはため息を零しそうになる。
……子どもかよ。
何回も触れては離れるだけの口付けに対し、ブラッドは薄っすらと目を開けた。
視界に入るのはアルバートの青色の眼だった。
瞳の中に移りこんでいるのは可愛げのない自分自身の顔だ。
「自信がねえなら、俺からしてやろうか?」
ブラッドは両腕をアルバートの首に回す。
「子どもじゃねえんだ。触れるだけで満足かよ」
煽るように舌を出して見せれば、アルバートの表情が変わった。
その変化を指摘する間もなく、唇が重なり合う。
口内を掻き回すかのような激しいものだ。
それに応えるようにブラッドも舌を絡める。唾液を混ぜるかのように激しく絡み合う口付けはすぐには終わらず、互いの息が乱れていることも気づいていないかのようだった。
ブラッドの口角から唾液が零れ落ちる。
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