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三十四 ホストの仕事

 閉店時間が近づくと、清がソワソワし出すのを、カノも気付いている。そんな様子も可愛いのだが、理由を思うと多少、気に入らない。 (まーた、アタフタしてらぁ)  遠目に清の座る席を確認する。清は広いソファ席で、一人酒を飲んでいる。たまにホスト仲間が声をかけるが、酒や氷のチェックのためだ。  通常、こういう場所で客を一人にさせておくのはタブーだ。だが、清は特別である。女性でないのもあるが、カノが牽制しているからだ。たまに、退屈していないか声をかけるのは、マネージャーのアキラか、カノにライバル意識のある北斗くらいだ。 (イヤイヤ言ってる割に、いっつも蕩けてるクセにさ)  清はカノとのセックスに、好意的なのに、いざというときになると、怖じ気づく。恐らくだが、元々ゲイでない身で、カノを受け入れることに、理性と本能の間にギャップがあるのだと、カノは思っている。  カノの場合は、やはりノーマルではあるのだが、萬葉町という土地柄、ソッチの人間も多いし、知り合いにもいる。身近に存在するというのは、ギャップを埋めるのに幾分役に立つのだろう。  受け入れる側という立ち位置も、関係しているかもしれない。  もっとも、カノの場合は本能のほうが先だって、男だなんだということがすっぽ抜けていたのが大きいのだが。初めて抱いたとき、三回出した後にようやく、(そういえば男だったな)と思ったくらいだ。冷静になったあとも覚めるどころか興奮したので、元々ソッチの気があった可能性もある。 「カノぉ、お酒なくなっちゃった」  甘えた声で腕をとられ、視線を向ける。ここのところ通っている恵理という女性だ。まだ若く、学生風なことから、『ブラックバード』では警戒対象である。こういう客は、ツケでは飲ませない。いわゆる、ホストにドハマリして、抜けられなくなっている女性だ。 「今日はもう店も終わるし、やめとけば」  そういって、やんわりと腕を引き剥がす。清と飲んでいたいが、指名が入るとそうも言っていられない。笑顔を作り、不満そうな彼女に水を渡す。 「カノって全然、同伴もアフターもしてくれないじゃん。ねえ、幾ら出せば枕してくれるの?」 (馬鹿か、この女)  酔っているのだろうが、目は本気だ。相手にしていられない。こういう相手は、素っ気なくした方がいい。だが、逆に燃えられることもある。厄介だ。 「オレは惚れた相手としか寝ないよ。幾ら出しても感謝なんかしないし、不相応な振る舞いするヤツはもっと嫌い。楽しく飲んでくれた方が嬉しいんだけど」 「んーっ、カノのそういうハッキリ言うとこ好きーっ」  恵理はそう言いながら、ぎゅうっと抱きついてくる。溜め息を吐きながら清の席のほうを見れば、こちらを見ていた清が嫉妬した顔で見ていた。 (――可愛い顔して)  清に嫉妬されるのは、ほの暗い優越感湧く。清の感情が自分に向かっていると実感できるし、満たされる気がする。  恵理はカノの興味が外に向いているのに気付いて、ムッとした顔でカノの顔を自分に向けさせた。 「なに」 「キスしてよ。それなら良いでしょ?」  恵理の言葉に、目を細める。カノはハァと息を吐くと、近くを歩いていたスタッフに声をかけた。 「恵理さんお帰りです。お見送りお願いします」 「ちょっとぉ!」  不満げに恵理が声を荒らげるが、酔っているのは事実だ。スタッフの手を借りながらソファから引き剥がし、入り口へと連れていく。  本当は見送りもしたくなかったが、仕方がない。 「じゃあね、恵理さん」 「もう。絶対、次はキスしてよね」  鼻息荒くそう言うと、恵理はおぼつかない足取りで店を出ていった。グッタリした気持ちでそれを見送っていると、女がクスクス笑いながら近づいてきた。 「大変ねえ、モテる男は」 「女王」  彼女は、『ブラックバード』で一番の上客だ。ホストたちは敬意を示し、彼女を女王と呼ぶ。貢献度はダントツで、今や殿堂入りしている。かつて数週間だけ所属していた伝説のホスト『サキ』を追いかけるように店から足が遠ざかったが、今でも月に数回は店に来て札束を落としていく。 「なんだかカノ、変わった?」 「変わりましたか?」 「ええ。野良猫が保護猫になったくらいには」  その言葉に、顎を撫でる。それなら、随分な変わりようだ。 「まあ、女王が言うなら、そうなんですね」 「ふふ。あなたのそんな姿が見られるなんて、たまには来てみるものね」 「是非、また来てください。みんな楽しみにしてますから」 「ええ」  カノはそう言うと、女王の腰に腕を回し、軽く頬と頬を合わせるチークキスを交わす。親愛と尊敬の情を込めた、特別なやり取りだ。 (保護猫ね)  面白い喩えだと思いながら、カノは営業の終わりにホゥと息を吐いた。  

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