49 / 51

四十九 最後のコール

「ハァ!? 信じらんない! 怪我して帰ってきたってのに、まだホストクラブ行くわけ!?」  憤って叫ぶ鈴木に、清は顔をしかめた。鈴木と同じく清の同期である田中と佐藤も、そんな調子だ。  清と同じ『夕暮れ寮』に暮らす仲間である彼らは、同期で同僚。友人にして家族という間柄だ。普段は気安い間柄で、気安さゆえに、お互いに干渉らしい干渉もしないが、今回はさすがに話が違った。 「怪我っても、大したもんじゃないし」  そう言いながら、顔を擦る。顔を腫らして帰ってきた清に、寮は一時騒然となった。警察の世話になったこともあり、会社からも事情を聞かれてしまった。事情としては、ホストのトラブルに巻き込まれた。ということになっている。間違ってはいないのだが、なんとなく腑に落ちない内容でもあった。 「やっぱり萬葉町って怖いところなんだね……」 「違うよ田中。面白いし、良い場所だよ。今回は、その、出会い頭の事故みたいなもんで……」  清は慌てて否定する。夏音が好きな萬葉町を、悪く言われるのは納得が行かない。清を心配しているのはわかるが、あの時の関係者は全員、警察のお世話になっているので、清としてはもう怖くないのだ。 「夏音の引退イベントだもん。絶対に行かないなんてあり得ないもん」 「まったく……。結局、入れ込んで……」 「良いだろ」  鈴木はまだブツブツ言っているし、田中は不安そうにしている。佐藤は心配顔だったが、やがて呆れた溜め息を吐いた。 「まあ、引退ってことは、もうホストクラブ通いも辞めるんだろ?」 「そうなるかな。まあ、たまに行くかもだけど」  アキラと北斗には世話になったし、『ブラックバード』のみんなは夏音の家族なので、まったく行かなくなるわけではないだろうが、頻度は減るはずである。  友人たちは清が出かける直前まで渋っていたが、「定期連絡すること」と約束をして見送ってくれた。    ◆   ◆   ◆  フロアを見渡して、夏音は感慨深い想いに浸る。結局、清が襲われた事件のあと、夏音はすぐに辞表を出した。もちろん、引き継ぎなどもあり、すぐにどうこうとは行かず、一月ほど掛かってしまったのだが―――。  今日の営業を最後に、夏音は店を辞める。 (いざ辞めるとなると――心配だな)  寂しさよりも、不安が大きい。ヨシトはしっかりしているから良いが、ユウヤは適当だし、アキラの負担が多そうだ。夏音の次となると北斗なのだが――。 「カノ、浸ってんの?」 「いや、お前に任せんの不安だなって。店潰すなよ、北斗」 「はぁ?」  北斗は胸に黄色いバラを挿している以外は、地味な装いだ。これでも、主役に配慮しているらしい。 「店辞める負け犬に、心配されたくないんだけど」 「オレは実質、寿退社だろ。負け惜しみ言うな」 「なにが寿退社だよっ」  不満そうな顔の北斗に、夏音はフッと笑う。店では『ライバル』という位置付けだったが、あまり交流も持たなかったと、今更ながら思う。そんな北斗が、清を助ける時に手伝ってくれたのは、かなり意外だった。 「お前も損な性格だよな」 「なんの話だよ」 「いや。案外、似た者同士だったな、と」 「?」  二人で並んでいたところに、アキラが近づいてくる。 「もう店開けるぞ。ほら、カノ。今日の主役なんだから」 「へいへい」  促され、列に並ぶ。客を迎え入れる時間だ。 (最後の営業だ)  気を引き締め、真っ直ぐ立つ。担当が扉を開いた。 「いらっしゃいませ、『ブラックバード』へようこそ」    ◆   ◆   ◆ 「何やってんだよ、清」  呆れた顔の夏音に、清は唇を尖らせる。 「だって! やってみたかった! シャンパンタワー!!!」 「幾らすると思ってんだよ……」  シャンパンタワーのお値段、実に百万円である。夏音の最後の舞台なのにシャンパンタワーもないのはダメだと、奮発した。ちなみに、女の子たちも出しているので、フロアには五個のシャンパンタワーがある。 「借金なんかしてねえだろうな?」 「社会人舐めたらいかんよ」  フンスと鼻を鳴らし、清は胸を張った。一部上場企業の会社員である。それなりに貯金はある。 「まァ――嫌なわけじゃねえ。嬉しいよ」 「ひひ」  照れ臭そうにする夏音に、清は歯を見せて笑う。北斗が夏音にマイクを渡す。最後のコールだ。 「ブラックバード・カノの、最後のコールだァ! お姫様!」  清はカノの姿を、目に焼き付ける。シャンデリアの光が眩しくて、視界が滲んだ。

ともだちにシェアしよう!