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四十九 最後のコール
「ハァ!? 信じらんない! 怪我して帰ってきたってのに、まだホストクラブ行くわけ!?」
憤って叫ぶ鈴木に、清は顔をしかめた。鈴木と同じく清の同期である田中と佐藤も、そんな調子だ。
清と同じ『夕暮れ寮』に暮らす仲間である彼らは、同期で同僚。友人にして家族という間柄だ。普段は気安い間柄で、気安さゆえに、お互いに干渉らしい干渉もしないが、今回はさすがに話が違った。
「怪我っても、大したもんじゃないし」
そう言いながら、顔を擦る。顔を腫らして帰ってきた清に、寮は一時騒然となった。警察の世話になったこともあり、会社からも事情を聞かれてしまった。事情としては、ホストのトラブルに巻き込まれた。ということになっている。間違ってはいないのだが、なんとなく腑に落ちない内容でもあった。
「やっぱり萬葉町って怖いところなんだね……」
「違うよ田中。面白いし、良い場所だよ。今回は、その、出会い頭の事故みたいなもんで……」
清は慌てて否定する。夏音が好きな萬葉町を、悪く言われるのは納得が行かない。清を心配しているのはわかるが、あの時の関係者は全員、警察のお世話になっているので、清としてはもう怖くないのだ。
「夏音の引退イベントだもん。絶対に行かないなんてあり得ないもん」
「まったく……。結局、入れ込んで……」
「良いだろ」
鈴木はまだブツブツ言っているし、田中は不安そうにしている。佐藤は心配顔だったが、やがて呆れた溜め息を吐いた。
「まあ、引退ってことは、もうホストクラブ通いも辞めるんだろ?」
「そうなるかな。まあ、たまに行くかもだけど」
アキラと北斗には世話になったし、『ブラックバード』のみんなは夏音の家族なので、まったく行かなくなるわけではないだろうが、頻度は減るはずである。
友人たちは清が出かける直前まで渋っていたが、「定期連絡すること」と約束をして見送ってくれた。
◆ ◆ ◆
フロアを見渡して、夏音は感慨深い想いに浸る。結局、清が襲われた事件のあと、夏音はすぐに辞表を出した。もちろん、引き継ぎなどもあり、すぐにどうこうとは行かず、一月ほど掛かってしまったのだが―――。
今日の営業を最後に、夏音は店を辞める。
(いざ辞めるとなると――心配だな)
寂しさよりも、不安が大きい。ヨシトはしっかりしているから良いが、ユウヤは適当だし、アキラの負担が多そうだ。夏音の次となると北斗なのだが――。
「カノ、浸ってんの?」
「いや、お前に任せんの不安だなって。店潰すなよ、北斗」
「はぁ?」
北斗は胸に黄色いバラを挿している以外は、地味な装いだ。これでも、主役に配慮しているらしい。
「店辞める負け犬に、心配されたくないんだけど」
「オレは実質、寿退社だろ。負け惜しみ言うな」
「なにが寿退社だよっ」
不満そうな顔の北斗に、夏音はフッと笑う。店では『ライバル』という位置付けだったが、あまり交流も持たなかったと、今更ながら思う。そんな北斗が、清を助ける時に手伝ってくれたのは、かなり意外だった。
「お前も損な性格だよな」
「なんの話だよ」
「いや。案外、似た者同士だったな、と」
「?」
二人で並んでいたところに、アキラが近づいてくる。
「もう店開けるぞ。ほら、カノ。今日の主役なんだから」
「へいへい」
促され、列に並ぶ。客を迎え入れる時間だ。
(最後の営業だ)
気を引き締め、真っ直ぐ立つ。担当が扉を開いた。
「いらっしゃいませ、『ブラックバード』へようこそ」
◆ ◆ ◆
「何やってんだよ、清」
呆れた顔の夏音に、清は唇を尖らせる。
「だって! やってみたかった! シャンパンタワー!!!」
「幾らすると思ってんだよ……」
シャンパンタワーのお値段、実に百万円である。夏音の最後の舞台なのにシャンパンタワーもないのはダメだと、奮発した。ちなみに、女の子たちも出しているので、フロアには五個のシャンパンタワーがある。
「借金なんかしてねえだろうな?」
「社会人舐めたらいかんよ」
フンスと鼻を鳴らし、清は胸を張った。一部上場企業の会社員である。それなりに貯金はある。
「まァ――嫌なわけじゃねえ。嬉しいよ」
「ひひ」
照れ臭そうにする夏音に、清は歯を見せて笑う。北斗が夏音にマイクを渡す。最後のコールだ。
「ブラックバード・カノの、最後のコールだァ! お姫様!」
清はカノの姿を、目に焼き付ける。シャンデリアの光が眩しくて、視界が滲んだ。
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