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第23話

黒岩の誕生日の朝、まだ寝ぼけている俺が1階に降りていくと、彼は驚いた顔をしていた。 今日は休みだから、起こさないでくれていたらしい。 「誕生日おめでとう」と俺が言うと、黒岩はくすりと笑った。 「ありがとう。目、開いてないよ。顔洗おうね」 「一人でできる。今日は黒岩が主役なんだから。全部俺に任せとけ」 俺は、目をこすりながら胸を張った。 「俺がやりたいこともしちゃダメなの?主役なのに?」 「そういうわけじゃないけど…」 「じゃあいいだろう。はい、顔洗いに行こう。ヒゲも剃ろうね。髪はどうする?」 彼は楽しそうに俺の手を引いて、洗面所へ向かう。 これではいつもと変わらない気がしたが、甘やかされるのは嬉しかった。 玄関でキスをせがまれ、初『いってきますのキス』をした。 彼を見送ってから、俺は誕生日を祝うために準備を始めた。 まずは買い出しだ。 ソファで寝転びながら、スマホでスーパーの営業時間を調べる。 猫たちが俺の体に飛び乗った。 猫の重みと温もりで、気がつくと寝ていた。 昼過ぎに買い物を終えると、黒岩が用意してくれたエプロンを着けてキッチンに立つ。 「粗みじんってなんだ…?」 レシピに引っかかる言葉があって、スマホで調べたり動画を見たりして、なんとか玉ねぎとトマトを粗みじん切りにした。 肉も野菜も切るのに苦戦して、思ったよりも時間がかかってしまったが、ようやく下準備が完了した。 疲れたーー カレーを作るのは簡単だとなめていたことを反省する。 下準備をしただけなのに、どっと疲れた。 猫たちにおやつをあげながは、休憩する。 「アンザイ、俺を癒してー」 大人しいアンザイを捕まえて、抱きしめる。 仕事と家事をこなす黒岩を、改めて凄いなと尊敬した。 アンザイのお腹に顔を埋め、猫吸い。 ああ、癒されるーー アンザイにしつこいと逃げられるまで、続けていた。 そういえば、黒岩が猫に甘えているところを見たことがない。 撫でたり、ブラッシングはしているけど、俺のように半ば無理やり抱きしめたり、猫吸いはしていない。 甘えたいと思うことはないのだろうか? 俺はカレー作りに戻った。 スパイスカレーは炒めてから煮込むと知り、驚いた。 カレーは煮込むだけだと思っていたから。 ここからは時間との勝負だと意気込む。 レシピの順序、時間通りに炒めていく。 炒めている間は気が抜けない。 ようやく炒める作業が終わり、後は煮込むだけになったところで、黒岩が帰ってきた。 「いい匂いだね」と言って、黒岩が笑顔で俺を見つめる。 「おかえり」 「エプロン似合ってるよ」 照れるが、彼が喜んでくれているのが嬉しかった。 「いつも黒岩にしてもらってばかりだから、俺も何かしてあげたいと思ってさ」 黒岩に気持ちだけで嬉しいと言われた時、悲しかった。 俺が黒岩にしたいのに、突き放されたみたいで寂しかったのだ。 「まあ、自己満足なんだけどさー」 ぽつりと呟く。 「あ、でも、味の保証はできないぞ」と俺が冗談っぽく言うと、 黒岩が背後からそっと俺を抱きしめ、顎を引き寄せられてキスされた。 息ができないほど求められて、心臓が早鐘を打つ。 「ごめん、我慢できない。したい」 黒岩が低い声で言うと、俺の体は熱くなった。 自分の気持ちを伝えないとと思い、 「俺も…したい。黒岩とし――」 と言いかけたところで、またキスで塞がれた。 そのまま黒岩に手を引かれ、2階の彼の部屋に入ると、ベッドに押し倒される。 彼はスーツの上着を脱ぎすてると覆いかぶさり、ネクタイを緩めた。 熱のこもった眼差しが絡み合う。 その夜、俺たちは初めて一つになった。 ベッドの中で、黒岩は申し訳なさそうに 「ごめん、がっついた。ガキみたいだ」と言った。 「嫌いになった?」 甘えてくる黒岩が可愛くて、まるで大型犬だと思わず笑ってしまった。 甘えられるのもいいものだな。 「青春なんだろ。いいんじゃない」 「本当?じゃあ、もう一回」 彼の真剣な顔に、俺は慌てた。 「え…冗談?」 「本気だけど」 驚く俺を尻目に彼が言い放つ。 俺は青春の性欲を甘く見ていたことを反省した。 結局、カレーは夜食になったが、我ながらよくできたと思う。 黒岩にまた作ってほしいと言われたけれど、当分作れそうにない。 スパイスの香りを嗅ぐたびに、思い出してしまう。 俺たちの初めての夜を。

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