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第8話
ー佐助視点ー
それを聞いたのはいつものように学園の食堂に向かっている時だった。
長嶺 翔 …生徒会長で現在統乃の執事をしている幼馴染みのしょうちゃん。
家を出てから会話もしてないし、きっと向こうも俺を知らないだろう。
そんなしょうちゃんが廊下で生徒会メンバーと話しているところを目撃した。
此処は生徒会がよく通る廊下だから一般生徒は滅多に通らないが、食堂と近道だから使わせてもらっている。
いつもはもう食堂にいる時間だから通ろうとしたが、この日は珍しく廊下で目撃した。
…早く行かないかなぁーと曲がり角に身を潜める。
そしてなにかが欠けてる事に気付いた。
…あれ?統乃は?
「…そうか、いないか」
しょうちゃんの落ち込んだ声が聞こえる。
いないって…もしかして…
嫌な予感がする、出来れば当たってほしくない。
「でも、もし誘拐されたりしたら大変じゃないですか?世間を揺るがす大ニュースですよ」
「統乃様は武術は得意だからそう簡単に誘拐されたりはしないだろうが、なにか事件に巻き込まれていたら」
副会長の滝川 清隆 様の言葉にしょうちゃんはため息を吐く。
…話からして、統乃は行方不明?
いつ?もしかして昨日俺と別れた時から?
だとしたら俺の責任だ、統乃を探さなきゃ…
生徒会メンバー達が遠ざかる足音が聞こえて俺も動こうと一歩踏み出したが、足を止めた。
統乃が行方不明だとして、俺に探してほしいだろうか。
嫌いな相手の顔なんて見たくもないだろう。
俺だったら会いたくないだろう。
もしそれが統乃以外だったら…
嫌いでも嫌われてもやっぱり統乃が心配だから探しに行く。
元気だったら声を掛けず一目だけ見て帰ろう。
心当たりなんかない、ただそんなに遠くにいないだろうから統乃行きそうな場所を回る事にした。
ーーー
放課後になり、統乃を探しに走り回った。
昨日統乃と回った場所や統乃が行きそうな店とかを片っ端から回り力尽きた。
…よく考えれば思いつきそうな場所は既にしょうちゃんや支倉の家の人が探しているからいるわけなかった。
後は、仲直りしたら彼女の家…とか?
彼女の事は全く知らず、そうなればお手上げだった。
帰ろう…
結局俺は、統乃を見つけられなかった。
…こんなんでよく兄とか言えたなと失笑する。
「統乃、何処にいるんだよ…」
消え入りそうな声は風と共に掻き消された。
怪我してないならいい、元気で笑ってる顔を遠くから眺めているだけでいい。
…ただ、統乃の幸せだけを願っている。
カフェの前で足を止める。
今日はバイトの日じゃないけど、統乃と再会したあの日を思い出して来ていた。
今日の夜、雨が降るみたいだから傘…持ってるかな?
地面にしゃがみ瞳を閉じる。
カランカランとカフェのドアが開く音がした。
顔を上げるとよく知る顔があった。
「……店長」
「東金くん?今日はバイトの日じゃない筈だけど」
人がいい店長の顔を見てほんの少しだけ気持ちが軽くなった。
店長も沈んだ俺の顔になにかあったのかと心配そうに近付く。
ゴミ出しをするのか、両手に大きなゴミ袋を持っていた。
「なんか悩み事?良ければ自慢のコーヒー淹れてあげるから店入って」
「…で、でも…今日お客さんが多いみたいだし、迷惑になりますから」
このカフェは俺と店長しかいない。
バイトどうしようかと悩んでいた時にたまたまカフェのコーヒーを飲み、あまりの美味しさに泣いてしまい悩みを聞くうちにカフェでバイトしないかと誘われた。
きっと一生店長を恩人と思うだろう。
恩返しも兼ねてバイトをしていた。
いつもは客もスローペースで二人でもやっていけたが、さっき店長がドアを開けていつもは聞かない賑やかな声に繁盛してると分かる。
店長一人じゃ大変だから客じゃなく店員としてお手伝いしようとしたが、ゴミを出し終わった店長に止められた。
「いいよいいよ、今日の東金くんはお客様」
「いや、でも…」
「昨日猫を拾ったんだ」
いきなり世間話が始まり唖然とする。
さっきの話と猫の話はどう繋がるのか分からなかった。
店長は楽しげに続ける。
「弱ってる可哀想な猫だったから一日泊めたんだ、そしたらまさか招き猫だとは思わなくてね」
嬉しそうに笑う店長に頭がついていかない。
つまり、招き猫のおかげで店は繁盛したと?
そんな事が本当にあるのか疑いながら、店長に手招きされ暖かい店内に入る。
そして目を見開いた。
「じゃあ私はこれとこれ」
「それならこちらの飲み物がよく合いますよ、お試しにどうですか?」
「本当?じゃあこれもお願い」
「私毎日通っちゃう!」
「ありがとうございます、でも毎日俺がいるわけじゃないですよ」
ほんわか暖かな笑顔が店内を照らしていた。
客のほとんどが女性なのは驚いたが、それに何より…女性慣れした接客をしているウェイターに目がいく。
……会いたかったのに上手く言葉に出来ない。
注文を聞き終えた統乃はこちらに気付いた。
俺を見て一瞬表情をなくすが笑顔で店長を見た。
「注文入りました」
「了解、あ…彼にコーヒー出してくれる?」
「……分かりました」
店長はすぐに厨房に入り、俺と統乃だけ残された。
コーヒー淹れるのに二週間くらい掛かったのに、一日で覚えたらしい統乃に少しライバル心が湧き上がる。
カウンター席に着き、カウンターの向こうで統乃がコーヒーを淹れていた。
女性客までも統乃に注目しているが、カウンター席には俺しかいないしテーブル席とは少し距離があるから会話を聞かれる事はないだろう。
「統乃、なんで此処に?」
「…分からない、気付いたらカフェの前にいて…あそこで座ってたら店長に見つかって、泊めてもらった」
「帰らないと…きっと心配してる」
「その前に…謝りたかったから、さっちゃんに」
その名前を聞きどきりとした。
今は女装してないし、こんな状況で彼女の代わりとかはまずないだろう。
昔の時のように、俺をそう呼んだ。
コーヒーの香ばしい香りが俺達を包み込む。
「昨日はごめんね、忘れてって言っても無理だと思うけど…なかった事にしていいから」
…なかった事に…それはとても残酷な言葉だと思った。
俺は統乃とデートして楽しかった、その思い出までなかった事になんて出来ない。
俺が口を開く前に俺の前にコーヒーを出した。
「それと、これも…忘れて…俺、さっちゃんを兄だって思ってないから…ずっと好きだったんだ、さっちゃんを…特別な感情で」
統乃はお客さんに呼ばれてカウンターから出た。
…まさか、統乃も…だから俺が兄とか弟とか言うたびに統乃は傷付いていた?
統乃がこんな冗談を言う奴じゃないと分かっているから俺は統乃に真剣に向き合う。
だって、統乃は俺にとって誰よりも特別だから…
「忘れない!絶対に、忘れないから…俺も同じ気持ちだから…俺の気持ち、信じて」
周りからは何の会話か分からないだろうが、統乃だけが知っていればいい。
俺からは後ろ姿の統乃の顔は見えないが、お客さんは心配そうに統乃を見ている。
今の統乃の顔は泣きそうだったのだろう。
誰にも分からないように顔を隠し、必死に頷いていた。
(END)
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