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第1話
俺の父は世界で有名な大企業、支倉グループの社長だった。
そして俺は支倉グループの跡取りとして厳しい教育をされ育てられた。
常に学校では一番ではなくてはならず、友達を作る事も禁止されていた。
そこまで期待されていたのに両親の離婚をきっかけに俺は父に呆気なく捨てられた。
…それで別に父を恨んでいるわけではない。
努力してもやっぱり俺は凡人で、神から授けられた天才である義弟には勝てなかった…ただそれだけだった。
俺は母に引き取られ支倉の家を出た。
そして俺は母にも捨てられ、手元に残ったのは多額の借金だけだった。
子供の頃は弟と仲が良かった。
弟はエリートを育てる孤児院出身で俺になにかあった時の為に支倉の家に迎えられた。
孤児院でもトップの成績で天才であったが、跡継ぎの俺を尊敬してくれていた。
さっちゃんさっちゃんととてとて歩いて着いてくる姿はとても可愛かった。
いつも俺の手を握り離さなかった。
一歩後ろを歩く弟は控えめで大人しい性格だった。
…俺が10歳の頃、家を出るまでは…
あれから弟はどうなったのか分からない、別れが惜しくなるからとさよならを言わずに出ていったから…
支倉の家は日本で影響力が最も強いから当然数年だったが次期跡取りとして何度もパーティに呼ばれていたから俺の顔を覚えてる人がいるかもしれないと前髪を長くして眼鏡を掛けて支倉の家に迷惑が掛からないように変装して学園に通っている。
普通の生徒も通っているが金持ちのご子息の方が明らかに多い学園だからだが、俺の顔は目立たない地味な顔だから気付かれないかもしれないけど…変装は保険みたいなものだ。
幸い俺は支倉と名乗ってないし名前は覚えていないからまず俺だとバレないだろう。
学費だけは支倉の父さんが払ってくれているから俺の心配は生活費だけとなる(借金は学生で返せる額じゃないからまず考えない)
家の近所にある古風なカフェでバイトしている。
その時もいつ学園の生徒が来るか分からないから眼鏡は必ず掛ける。
本当は俺の通う有栖院 学園はバイト禁止だが、俺の家の事情を知る理事長先生が特別に許可をくれた(支倉の事情じゃなくて借金の事情だけだけど)
俺の名前は東金 佐助 、大企業の跡取りから借金まみれの貧乏に見事転落した哀れな男だ。
「東金くん!雨が降ってきたから看板中に戻してきてー」
「はい」
バイト先のカフェの店長が洗い物をしながら入り口近くで掃除していた俺に声を掛けた。
モップを壁に掛けてカフェのドアを開ける。
チリンと涼しげな音が鳴る。
梅雨の空は天気がコロコロと変わる。
昨日は青空だったのに今日は土砂降りの雨だ。
今日は日曜日で学園が休みで本当に良かった。
…雨を見てると憂鬱な気持ちになるから…雨のニオイは好きだけど…
雨に濡れてしまった看板を引っ張り中に入れようとして横を見たら、誰かがいた。
長身の体を縮こまらせて座っている人は俺に気付いてないのか微動だにしない。
雨宿りだろうか、でも今日は午後からずっと雨だと天気予報で見た。
クリーム色の茶髪が少々雨に濡れている、きっといきなり雨が降ったから慌てて雨宿りしてきたのだろう。
看板を店内に入れて入り口近くにある傘立てから自分の傘を取り出し雨宿りしてる人に近付いた。
下を向いて足を曲げてるから俺だと気付かないだろう。
俺は彼を知っている…知っているが、知られてはならない。
そっと気付かれないように傘を側に置き、すぐにカフェに戻ろうと歩き出した。
しかし、一歩がなかなか進まない。
不思議に思い首を傾げているとどうやら腕を掴まれていたようだ。
…あの雨宿りをしている人に…
「お、お客様…どうかされたんですか?」
「何それ、バカなの?」
いきなりバカ扱いされてしまった、確かに君と比べたら俺なんて劣ると思うが…それなりにテストの順位は上だ、がり勉を舐めないでほしい。
子供の頃から共に過ごすと俺の粗末な変装はすぐ見破れるようだ。
…さすがに俺がこのカフェで働いてるのは知らなかっただろうけど…
「支倉の元跡継ぎがバイトとか、笑いものだね」
「…こんなところで何してるの?早く帰らないと皆心配するよ…統乃」
支倉 統乃 、それが俺の腕を掴む彼の名前だった。
統乃は今の支倉家の次期当主だ、だから支倉を追い出された俺と関わってはいけない。
俺は腕を離してもらおうと統乃の手に触れようとしたらその前に腕が解放された。
…統乃は昔から俺に触られるのを嫌っていた…自分からはいいらしいが、俺からはダメみたいだった。
それが子供ながらに切なかったのは覚えている。
統乃の手に触れようとした行き場のない手をだらんと下げてカフェに帰ろうと歩き出した。
「あ、待って…これ、忘れ物」
「…?」
統乃が俺に差し出したのはさっき俺が置いていった傘だった。
これは統乃が雨に濡れないようにと置いていった傘だ、忘れたわけじゃない。
受け取るのを躊躇っていたら統乃は見るからにイライラしたような顔をした。
「統乃が濡れないようにって、傘…」
「こんな貧乏くさい傘いらないよ、それに彼女に向かいに来てもらうから」
「……そ、う」
統乃にそこまで言われたら無理矢理傘を持たせるわけにもいかず、統乃から傘を受け取る。
統乃は学園でも有名な女好きだ。
有栖院学園は男子校だから他校の女子生徒と歩いてるところをよく見かける。
しかしいつも違う子で、決まった子じゃないから遊びだろうと噂が広がった。
支倉家はそれでいいのかと疑問に思ったが、俺が支倉家の事情に口を挟むべきじゃないから黙っている。
…でも今彼女って言ったから特別な相手が出来たのかと少しホッとした。
だから統乃の舌打ちは聞こえなかった。
雨を弾くパシャパシャという足音が聞こえてそちらを見ると白いワンピースがキラキラと輝く女性がいた。
ちょっと年上の大学生くらいの女性だった。
顔は普通だけど、第一印象は女の子らしい子だと思った。
統乃はその子に向かって声を掛けた。
「さっちゃん!」
「……え?」
つい反応してしまった。
昔統乃が俺を呼ぶ時のあだ名と同じだったから。
すぐに恥ずかしくなり口元を押さえると、統乃は俺を見た。
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