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第3話①
灼熱の神が、燦々 と照り付ける。
午後のこの時間、木陰に配置されたプールは、涼を得るには最適の空間だ。
時折水面を渡る潮風が、火照った肌に心地良い。
「――リュートさん、よろしかったらどうぞ」
黄色い浮き輪に乗って、優雅に寛いでいた琉斗 は、呼ぶ声に顔を上げた。プールサイドのパラソルの下で、細身の青年が薄く微笑んでいる。フレームレスの眼鏡がよく似合う、彼はこのプール付きVIP用コテージの宿泊客に仕える、秘書官のクレイグといった。彼の示す先のテーブルには、南国の果実をふんだんに盛り付けたジュースが2つ並んでいる。
「あ、すいません。ありがとうございます」
謝罪めいた応答は、日本人ならではだろうか。少し照れながら、琉斗は速やかに浮き輪を降り、水を掻いていそいそとプールサイドへ戻った。ありがたくいただいたドリンクは、甘すぎず、程良い酸味が効いていて、とても美味しい。
「美味い!」と口元を綻ばせた琉斗に、クレイグはわずかに笑みを深める。彼の主人は、間違ってもこんな風にストレートに感想を口にするタイプではないので、琉斗の反応が新鮮に感じられたのかもしれない。
南の島でリゾートバイト中の琉斗が、なぜこんなにもゆったりとした時間を満喫しているのかというと、今日が丸一日オフだからだ。そしてこのコテージに長期滞在中の宿泊客に、呼び出しを食らったためでもある。
色々あって、バイトの身分にも関わらず、このコテージの専属執事 を務めている琉斗だが、当然オフの日はあるし、その際は別の者がその役を担当してくれることになっている。しかし、今は純粋に主人の客人扱いであるためか、琉斗の世話を焼いてくれているのは代理のバトラーではなく、クレイグだった。
祖父の代から三代に渡ってハンコック家に仕えているという忠臣は、世界的企業のCEOを務める、極めて気難しい主から、公私に渡って信頼されているらしい。
琉斗が彼の主と初めて関係を持った際、部屋の中にコンドームやローション等が揃えられているのに驚いたことがあったが、これはクレイグの差配によるものだったそうだ。彼の主が独身であり、島の要人から親族の娘を紹介されたため、万が一を考えての用意だったという。が、これは実際には琉斗相手にしか使用されておらず、申し訳ないような恥ずかしいような、何とも言えない複雑な気分だ。
バシャリと水音が立って、琉斗は吊られるように顔を上げた。
琉斗が浮いていたのとは反対側、美しいターンを決めて、なおも華麗に水を掻いて進むのは、このコテージの宿泊客である、ヴィルフリート・ハンコックだ。その速度はかなりのハイペースで、休日に人を呼び出して寛ぐというよりは、トレーニング並みにしっかりと泳ぎ込んでいる。
――コイツ、マジでセックス以外に死角なしか。
「………………」
今更のように、同じ男性としてコンプレックスを刺激され、琉斗は思わず胡乱な眼差しで、綺麗なフォームを見守る。
それから程なくして、ひとまず満足したらしいヴィルフリートがプールから上がってきた。
水の抵抗を抑えるための面積の少ない黒の水着が、鍛え上げられた浅黒い肌を、より魅力的に見せている。一つにまとめた、燃えるような赤い長髪から滴る水滴までが、たまらなくセクシーだ。
少し前の自分なら念頭に浮かびさえしなかったようなことを考えながら、琉斗はクレイグが、見るからに高価そうなふかふかのタオルを持って、主に近寄る様子を目で追った。
「――お前、仕事は大丈夫なの?」
暗に「俺と遊んでる暇あんの?」と訊ねた琉斗に対し、ヴィルフリートは水滴を拭いながら、エメラルドの瞳を眇 めるようにして言い放つ。
「言っただろう。私はそもそも、ここへ休暇を兼ねて来ているんだ」
確かに、島の開発への協力を求められている彼は、視察や打ち合わせと、割と頻繁に仕事へ赴いている様子はある。その合間を縫って、こうして琉斗との時間を持っているのだから、なるほど、ワークバランスは取れているということなのだろう。
生まれながらの成功者を前にして、またしても男性としての敵愾心 を煽られた琉斗は、小さく頰を膨らませた。単純に、セックスの手ほどきなどしてやっている年下の男にドキドキさせられたり、負けを認めるのが悔しいだけなのかもしれない。
琉斗はグラスをテーブルに戻して、ちょっと意地悪に微笑んだ。隣のデッキチェアに腰を下ろした男の野性的な美貌を、掬 い上げるようにして覗き込む。
「それで、俺のシフトに合わせて休み取ってんの? お前、俺のこと好き過ぎじゃね?」
「ッ、何だと!」
思った通り、琉斗の軽口に、ヴィルフリートは途端に顔を赤らめた。冷静であろうと心掛けてはいるようだが、手にしたグラスから派手にパッションフルーツを転がり落としているようでは、子供だって騙せるものではない。
ふざけたことを、だいたい君は〜と、取り繕うように噛み付いてくるヴィルフリートの姿に、琉斗はひとまず溜飲 を下げた。取り敢えずは年上としての威厳を保てたようなので、このくらいで矛を収めてやることにする。――ああ、キリッとした顔でスカしているよりは、ずっといい。
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