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第4話③

 琉斗(りゅうと)は目を見開いて、ヴィルフリートを凝視した。確信めいた彼の言葉には、嫌というほど思い当たるフシがある。 「……調べたのか? 俺のこと」  問い返す声は掠れていた。急に目の前の男が遠く、大きく感じられた。  ああ、ハンコックの力を以てすれば、成海(なるみ)琉斗という一個人についてなど、容易く調べ上げられるだろう――家族構成や、現在の状況まで、事細かに。 「楽器制作に興味があって、身近に良い手本が存在したなら、なぜ望む道を歩まない? 君はずっと迷走しているように見える。ホテルスタッフの仕事だって、向いていないとは言わないが、やりたいことではないのだろう?」  琉斗の推測を裏付けるかのように、ヴィルフリートは琉斗の来歴、及びその問題点を指摘してみせた。痛いところを突かれた琉斗は、グッと奥歯を噛み締めることしか出来ない。彼の主張はいちいち正論で、返す言葉もないというのが正直なところだ。 「……ッ」  恐らくヴィルフリートは、琉斗のためを思っての進言のつもりなのだろう。しかしその「正しさ」は、時に人を傷付けることがあるということに、彼は気付いていないのだ。ただでさえ、ヴィルフリートのことで気持ちがグチャグチャだったところへ、当の本人から、自分でも理解している「自分の一番ダメなところ」を指摘される――これに、今の琉斗は耐えられなかった。 「君はなぜ、いたずらに時間を浪費するような真似をするんだ――」 「黙れ!!」  琉斗の剣幕に、ヴィルフリートが驚いた様子でエメラルド色の瞳を見張った。これまで軽口の応酬はあっても、基本的に人当たりの良い琉斗が激昂するなど、想像もしていなかったのに違いない。 「リュート……」  虚を突かれたヴィルフリートの腕を、琉斗は強く振り払った。彼の表情は、いつもの強気な姿勢や、純情さを露呈した時の動揺とも違い、ただ困惑しているだけの、ある意味稀有(けう)なものだったが、ほとんど自暴自棄状態の琉斗に気付けるはずもない。  なぜ赤の他人に、生き様についての説教などされなければならないのか。そんなことは、自分が一番よくわかっている。  祖父の仕事に否定的だった父親に逆らうのも面倒で、何となく流されるままに生きてきたのは自分だ。その祖父が亡くなって、人生の目的を見失ったような気分になった。根無し草のような琉斗を恋人は見限り、何もかも嫌になった琉斗は、元々何の興味もない営業職も投げ出して、こんな南の島まで逃げてきた。それがどんなに無様に見えるか、わからないはずがないだろう。  だが今、それをよりによって、に突き付けられたのだ。 「偉そうに説教垂れてんじゃねえよ! 俺のことなんかどうでもいいくせに!!」  最終的に口を付いて出たのは、無関係な恨み言だった。それだけ、ヴィルフリートの恋愛問題が、琉斗にとって大きな影響を与えているということなのだが、これは言い掛かりでしかない。  しかし、琉斗の発言を正確に理解した博学なヴィルフリートは、サッと顔色を変えた。 「――何だと……!?」  論理に筋が通っておらず、内容も支離滅裂。にも関わらず、琉斗は自分がヴィルフリートの地雷を踏み抜いたことを知った。けれど、それがなぜ彼の地雷になるのかはわからない。  ヴィルフリートは整った顔に、酷薄そうな笑みを浮かべた。その迫力に、琉斗は思わず背筋を震わせる。  「そうだな」と小さく含み笑ってから、ヴィルフリートは再度、琉斗の腕を掴んだ。 「君と私の関係は、ただの性技の講師と生徒だ。――では、本義に(のっと)って、今ここでご教示願おうか」 「!」  有無を言わさず引き寄せられ、乱暴に口付けられる。振り解こうにも体格の差は歴然で、身じろぐことも適わない。  その間にも、ヴィルフリートの舌が歯列を割って、口内に侵入してきた。縦横無尽な蹂躙には、当初の稚拙さは欠片も感じられず、琉斗はこのまま身を任せたくなる衝動を必死に堪える。  これも自らの教えの賜物か、陶然としかけたところで、突き放すように解放された。しかしそのまま、半ば引き摺られるようにして、背後の暗がりへ押し込められる。  そこは瀟洒(しょうしゃ)な東屋の影、歩道からは比較的人目に立ちにくい場所だった。ヴィルフリートの意図は明白である。慌てて、琉斗は振り返った。 「お前、ふざけんなよ、こんな所で……!」 「ほう? 私のプライベートビーチで事に及ぼうとしていたのは、君ではなかったか?」  息を呑んだのは、痛いところを突かれたためではない。ヴィルフリートの瞳に宿る、剣呑な光に気付いたからだ。  無意識のまま、自らの身体を抱き締めた琉斗の耳元で、ヴィルフリートが囁く。 「――今夜の講義は、『人目を忍んでの行為』について、といったところか」  低く笑う声には、少しも愉快さは感じられなかった。

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