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第4話④

 木の幹に凭れ掛かるようにして押し付けられ、背後から覆い被さられる。  うなじに口付けられながら、胸の飾りを弄ばれ、琉斗(りゅうと)は思わず両膝を擦り合わせた。こんな状況だというのに、下半身はしっかりと反応を示してしまっている。 「……ッ、アア……ッ!!」  その股間を掴まれたかと思うと、性急な手付きで前を寛げられ、引き摺り出された。息をつく暇もなく、強く上下に扱き上げられ、甘い悲鳴が口を付く。 「あっ、ああ……っ、ン、……はぁ……んっ」  すべてにおいて優秀な「生徒」だったヴィルフリートは、今や手淫においても高度な手管を誇るようになっていた。先端の穴を執拗に攻めてみたり、括れの部分に指先を引っ掛けて見せたり。また、溢れた先走りを塗り込めるように陰茎全体を刺激しながら、同時に双球を弄んでみたりと、あらゆるテクニックを行使してくる。  強引な愛撫にも関わらず、琉斗は一気に昂ぶらされていった。 「ハァ……っ、あ、あぁ……ヴィル……ッ」  ねだるように名を呼ぶと、答える代わりに、膝の裏に熱くて硬いモノが擦り付けられる。ヴィルフリートもまた、誰かに見られるかもしれないという状況に興奮しているのだろう。  そう感じた瞬間、琉斗は激しい情欲に包まれた。ヴィルフリートの(てのひら)の中でその分身がビクビクと震え、尿道を熱い奔流が駆け上がる。  しかし、射精は許されなかった。解放の寸前で、根元を強く握り締められたからだ。 「ん、アッ、なん、で……ッ?」 「講師だけが先にイクのはマズイだろう?」  必死の抗議には、意地悪な含み笑いが返された。いつものヴィルフリートらしくない態度に、今更ながら心許なさが募ってくる。怒っていたのは琉斗の方だったはずなのに、自分の発言の、何がそんなに彼の気に障ったのかわからない。  満たされない快楽と不安の狭間で、琉斗が胸を騒がせていると、制服のスラックスが下げられた。目尻や耳元に口付けられながら、吐き出した先走りを最奥部に塗り込められる。 「アァッ! ……ンッ……はぁ、ん……ッ」  新たな刺激に、琉斗の身体は正直だった。アナルはヴィルフリートの指を喜んで迎え入れ、強姦同然の状況にも関わらず、誘うように腰が揺らめく。  そんな琉斗の即物的な反応に、思うところがあったのか否か。申し訳程度に解されたところで、ヴィルフリートは内部を掻き回していた指を引き抜いた。  二度も中途半端に放置されることになった琉斗が、再度抗議の声を上げようとした、次の瞬間。 「――ッ、アッ、アアアア……ッ!!」  一息に最奥部までを貫かれて、琉斗は成す術もなく射精した。両手で木の幹にしがみ付き、その根元にビュクビュクと快楽の証を撒き散らす。アナルへの刺激、挿入だけで達してしまうほど、琉斗の身体はヴィルフリートの熱を欲していたのだ。 「……ッ……!」  この強烈な締め付けを、眉根を強く引き絞ることで、ヴィルフリートは何とか耐え抜いた。  しかし次の瞬間、弛緩する琉斗の細い腰を抱え上げ、激しく腰を打ち付け始める。 「あぁっ、待っ……まだ、イッて……!」  嫌らしく揺らめく先端から残滓を零しながら、琉斗は泣き声を上げた。まだ男のペニスで得た快感をやり過ごせてもいないのに、これ以上の刺激を加えられたら、どうなってしまうかわからない。  けれどヴィルフリートは、無情にも吐き捨てた。 「私は、まだだ……!」  琉斗を煽ることで、勃起しきった硬い肉棒を、何度も激しく突き立てる。 「あんっ……アアッ、イク……また、出る、ぅ……ッ」  全身を駆け巡る快感に悶えながら、琉斗は切なさを堪えていた。身体は燃えるように熱いのに、これまで二人が築き上げてきた関係を微塵に打ち砕くような、自分勝手な抽挿が悲しい。  それでも琉斗のペニスは、完全に力を取り戻していた。ヴィルフリートの突き上げに合わせて、先端からはしたない蜜を零し、芝生の上にいやらしいシミを広げている。  琉斗はたまらず、己の分身を握り締めた。  初めての時だって、こんなに暴力的だとは思わなかったのに。これまでのどの時よりも心の伴わない、物理的な刺激と快楽のみの動物的なセックスに、琉斗は感じてしまっている。  ――それはきっと、どんな喜びも痛みも、ヴィルフリートがもたらすものだからこそだ。 「あっ、あっ……、ッ、アアアアア……ッ!!」 「――ク……!」  もはや耳目(じもく)を憚ることもなく、琉斗はあられもない声を上げながら、またしても絶頂を迎えた。  やや慌てた様子で、ヴィルフリートが勃起しきったペニスを抜き去り、ほとんど同時に地面に向けて、大量の白濁を迸らせる。後始末を考えてのことだろうが、芝生の上でふたりの精液が混ざり合う様子は、この上もなく卑猥だった。 「……ぁ、ん……ッ」  徐々に冴えていく頭で、琉斗はふと、周囲に甘い花の香りが満ちていることに気付く。  ――何もかも、今更だ。  涙に濡れた頬を無造作に拭いながら、琉斗はヴィルフリートと身体を重ねるようになってから、初めての虚しさを感じていた――。                   ●  身なりを整えたヴィルフリートは、大きく息をついた。 「――頭を冷やしてくる」  短く言い捨てて、そのまま背を向ける。  一人残された琉斗は、ズルズルとその場にうずくまった。  情けなくて涙も出ない。最悪の失恋だ。  考えて、琉斗はふと、口元に自嘲の笑みを浮かべた。  ――そう。琉斗はいつの間にか、あの我儘な帝王に、真夏の太陽のような激しい男に、恋をしていたのだ。  振り返ることなく離れていく大きな背中、拒絶の意思を顕わにされて、初めて思い知る。彼の想い人の存在を知って、あんなに嫌な気分になったのは、そのためだったのだ。 「……失恋の傷を癒やしに来て、今度は男に失恋とか、ザマァねえよな」  振り切るように口に出して、ノロノロと制服を整える。汚れてしまった下着に不快感はあるが、飲み物を零したとか何とか言い繕って、着替えに戻った方がいいだろうか。  持ち場のチーフに連絡を入れるべく、胸ポケットからスマートフォンを取り出した。それは、性技の指南役としての連絡をスムーズにするため、ヴィラの専属バトラーに指名された琉斗とヴィルフリートの間を繋ぐものでもある。  ――しかし、もう彼に、自分は必要ない。 「……ッ」  たまらず、琉斗は大きく息を呑んだ。奥歯をきつく噛み締める。そうしていないと、涙が零れてしまいそうだったからだ。これ以上惨めにはなりたくない。  始めから望みのない恋だった。彼は世界的にも名の知られた資産家で、自分はただの一般人。出会いは偶然の産物であり、この先の道が重なり合うはずもない。  そして、そのわずかな交流の時間、琉斗が知ることの出来たヴィルフリートは、厳しくて不器用なところはあっても、基本的には優しい男だった。琉斗の無礼を悔しそうに見逃す姿が、今は懐かしい。  ――ヴィルフリートはきっと、想い人にはこんな、抱き捨てるような酷い真似はしないはず。 「――!」  通話が繋がり、琉斗は我に返った。慌てて、頭の中で拵えたストーリーを、もっともらしく語り始める。 「琉斗です。すいません、実は、制服にピニャ・コラーダを引っ掛けちゃいまして――」  フラフラと来た道を戻りながら、愛想よく説明していた琉斗は、そこでふと口を噤んだ。何となく、妙な違和感がある。  左手側の垣根がガサリと揺れた。 『リュート?』  チーフの怪訝そうな声に、答えることは出来なかった。  樹木の影から現れた人物に、スマートフォンを叩き落とされたからだった――。  第4話 END

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