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第18話 誓い(2)
駅近くまで来ると、笪也は、折角だから店の様子を見にいこう、と言った。幸祐は、コンビニに寄って職人への差し入れを買いに行った。
正面の出入り口は、グランドオープンまで閉ざされているため、業者や居住者専用の仮りの出入り口のある裏通りに回った。
裏の出入り口傍にある『T&K』は、既に外装と厨房は完成し、数人の職人が店の内装の仕上げ作業をしていた。
幸祐は、お疲れ様です、と職人達に声をかけ、差し入れの飲み物を手渡すと、進捗具合を訊いた。
しばらくして、幸祐が、お待たせ、と笪也のもとに戻ると、笪也は、ちょっと、こっちに来て、と言い、ほとんど使ったことがないエレベーターへ幸祐を連れて行った。
「笪ちゃん、どうしたの?…上の階に用事でもあるの?」
「ああ。ちょっとな」
笪也はスーツのポケットからカードを出した。エレベーターの呼びボタンの下にカードをかざすと、直ぐにエレベーターの扉が開いた。
幸祐は何階に行くのか、笪也の手元を見たが、笪也は階数ボタンの下に、またカードをかざしただけだった。幸祐は首を傾げていると、直ぐにエレベーターは止まり扉が開いた。
笪也は、着いたよ、と言って先に出た。
「ねぇ…笪ちゃん。ここって、事務所か何かなの?」
下りた場所は、広めの廊下の片側に等間隔で扉が並んでいた。笪也は黙ったまま廊下の一番奥まで行き、扉の前に立つと、ドアノブにまたカードをかざした。ピッ、と小さな音がして、笪也はその扉を開けた。
「幸祐。俺たちの新居だよ」
「……え?」
笪也は、今のこの状況が全くわかっていない幸祐の背中を押して玄関の中に入れた。
「ほら、家のことは俺に任せるって言っただろ?…で、色々探して、ここにしたんだよ」
幸祐は、余りの突然のことすぎて、何も言えなかった。瞬きばかりして信じられない様子の幸祐を見て、笪也は楽しんでいた。
幸祐が駅前ビルに移転を決めた時から、笪也は、同ビル内にマンションも建てられているのを知り、こっそり話しを進めていた。中上層階は既に契約済みであったが、最下層の五階はまだ空きがあった。君八洲がおにぎり屋をしたいと聞いた次の日に、笪也は内見に行き、即、契約をした。
笪也は、ほら、幸祐こっち、と言って、逸 る気持ちを抑えようともせず、部屋の中の扉を次々と開けた。
「この部屋は寝室…やっとベッドを置けるぞ…で、そっちはトイレと風呂。大きいバスタブだから一緒に入ろうな…それから」
最後に笪也は、廊下の奥の扉を開けた。そこは壁一面がガラス窓のゆったりとした広さのリビングダイニングだった。
笪也はその窓を開けて、ベランダへ出た。
「幸祐。おいで」
幸祐は心がまだ現実に追いつかないまま、笪也の傍にいった。
「ここに決めたのはさ、お前の店から最短ってのもあったけど、一番の理由は、ここから見える景色なんだ」
笪也は、幸祐の肩を抱き寄せて、ベランダの手すり近くに寄った。
「笪ちゃん…あの窓からの景色と、同じだ…」
ベランダから見えるその景色は、かつてスーパーキミヤスの二階の倉庫で、ダブルのマットレスを敷いて愛し合ったあの片隅の窓から見えた景色と同じだった。
「だろ?…まぁ少しこっちの方が高さはあるけど、でもあの高架線路とか、同じ方角だろ…どう、気に入った?」
「気に入ったも何も、これ以上ないくらい気に入ったよ…あぁ、もう…笪ちゃん…嬉しすぎるよ…ありがとうって言うだけじゃ足りない…ああ、どうしたらいい…ねぇ、笪ちゃん」
幸祐は、ベランダからの景色を見て、ここが自分たちの新居になるんだと、ようやく実感した。
幸せに溺れそうな幸祐を、笪也はぎゅっと抱きしめた。そして、ひと息ついて、感慨深げな顔をした。
「なぁ、幸祐…俺たちはさ、ここから始まって、また戻って来たんだ。そして、ここからまた始まるんだよ」
幸祐は、あの窓際の場所で、初めて笪也にキスをしてもらったことを思い出していた。
「あぁ…何か色々思い出す…いつも笪ちゃんに抱きしめてもらって、ドキドキしてたよ」
「これからもずっと一緒だからな」
笪也は、ポケットから手のひらに収まる小さな箱を出した。そして、幸祐に向けて箱を開けた。
「えっ⁈……笪ちゃん、これって」
箱の中に、揃いの指輪が並んでいた。
「俺たちは、今日、誓っただろ?一生パートナーでいようって…その証しだよ」
「もう…笪ちゃん。サプライズが過ぎるよ。俺、心臓もたない」
幸祐は、今にも泣きそうな顔をした。
「一生に一度なんだから、いいだろ」
笪也は、指輪を箱から出すと、一つを幸祐に渡した。そして、向き合うと幸祐の左手を取った。咳払いを一度すると、優しい顔は真剣な面持ちに変わった。
「成宮笪也は、砂田幸祐を一生愛することを誓います」
幸祐は、泣き出しそうなのを堪えるように口を真一文字にしていた。
笪也は指輪にキスをすると、幸祐の左薬指にはめた。
震える唇を開いて、幸祐もゆっくりと誓いの言葉を口にした。
「…砂田幸祐は…成宮笪也さんを…永遠に愛し続けることを…誓います」
幸祐も指輪にキスをすると、笪也の左薬指にはめた。そして、笪ちゃん、と泣きながら抱きついた。
笪也に抱きしめられて、幸祐はようやく落ち着くと、左手指を閉じたり開いたりして薬指の指輪を幸せそうに見た。
笪也は幸祐の左手に自分の左手を添えた。
「なぁ、幸祐、覚えてるか?…お前が、俺にオレンジジュースが美味しいって言ってくれたあの時のこと…あの時から、俺たちは、こうなるって決まっていたんだよ。これは抗えないことだったんだ…」
笪也は、添えた左手をぎゅっと握った。そして続けて言った。
「この先の十年後、二十年後、また二人で俺たちが歩んできた道を振り返ろう。そして、その時にまた笑って言うんだ。これは抗えないことだったねって」
幸祐は、笪也を見つめて、しっかりと頷いた。
二人は、どちらともなく顔を近づけると、そっと唇を重ねて、誓いのキスをした。
その時、遠くの方から風にのって、電車の出発を告げる、やわらかなメロディが聞こえてきた。
終
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