1 / 11
第1話 出来損ないの日常
一昨年頃から会社の業績悪化によるストレスから父はアルコール依存症となり、少しでも気に入らないことがあれば怒鳴り散らし、暴力を奮うようになった。
母はそんな父に愛想が尽きたのか、夜中に外出することが多くなった。
今はもう、平穏な家庭だった幼い頃の記憶さえ思い出せない。
「晩飯の一つもさっさと用意出来ねえのかよ。役立たずが!亅
飲みかけの缶ビールが力任せに投げつけられる。
残っていた薄黄色の液体が俺の服や床を濡らしていった。
「いくら言っても学習しない奴には、痛みで教えてやらねぇとな亅
父はそう言いながら俺の体を無理矢理引き寄せ、煙草の吸殻を手の甲へと押し付けた。
「…ごめんなさい、父さん。次からはちゃんとやるか
ら、…許してください亅
赤黒い火傷がジューと音を立て肌へ刷り込まれる。
熱さと痛みから逃れたくて、俺は必死に謝罪を繰り返した。
「誰のおかげでこの家に居させて貰ってるんだ!次はこれじゃすまないからな亅
最後に一発殴りを入れて、満足したのか父は部屋へと向かっていった。
床に飛び散ったビールを雑巾で拭き取り、食器を片付ける。
静まり返ったリビングに響くのは洗剤を洗い流す水の音。
「…母さんが帰って来る前に終わらせないと亅
昨日は「臭いんだけど。こんな部屋で過ごせとでも言うつもり?」と怒らせてしまったから。
母は暴力こそは奮わないが、味方してくれるわけではない。
「働けないなら、家事ぐらいちゃんとやってよ」
「退学させるわよ」
蔑まれた視線から発せられる言葉の棘が何度胸に刺さっても、学校だけはどうしても辞めたくなかった。
傷つけられ、罵られるのは俺の要領が悪いから。
二人の望む『いい子』じゃないから。
片付けが終わり自室へと戻る。
翌日の学校の支度と宿題を手早く済ませ、押し寄せた疲れに身を任せるようにベットへ横たわった。
「我慢するしかないんだ」
いつものように自分に言い聞かせて電気を消し、瞼を閉じる。
これからも続くはずだった出来損ないの日常が、突然終わりを迎えることをこの時の俺はまだ知らなかった。
ともだちにシェアしよう!