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第4話 出会い

「神崎先生、今お時間よろしいでしょうか?」 事務作業をしていた俺に看護士の一人が声をかける。 大学を卒業してから約二年、俺は都内の総合病院で患者を対象としたカウンセラーとして働いている。 昼間は病室を回りながら患者のケアを行い、夜は1日の記録を表にまとめデータとして起こす。 残業で泊まり込みになることも珍しくないが、相応の給料は支払われるし、サービスも充実しているので労働条件は悪い方ではないと思う。 「先程、運ばれてきた患者さんです。」 看護士からバインダーを受け取り、記載されている情報に目を通す。 『千歳 凪』 16歳の高校生一年生。 担任の教員から虐待の通報を受けた警察が自宅のマンションに駆けつけ、血を流して倒れているところを発見。 右脚の骨折等の重傷を負っていたため、しばらくここで保護することになったそうだ。 彼のカウンセリングを明日から担当してほしい、とのこと。 小児科病棟で幼児や小学生と話す機会は多いが、高校生というのはあまりなかった。 資料だけではその子のことは分からない。 まずは会ってみなければ。 「千歳 凪君の意識が戻りました。すぐにこちらに来てください。」 「すみません。神崎先生、失礼します。」 主任に呼ばれた看護士は一礼し、すぐに病室の方へと向かいだした。 翌日の朝 主治医に案内された病室は302号室。 洗面台、トイレなどの水回りや小型の冷蔵庫、テレビが設置されたシンプルな個室スタイルの部屋だ。 軽くドアをノックして静かに開ける。 ベットに横たわる少年。 頭部に巻かれた包帯や右足のギプスを見るだけでも虐待の痛々しさが否応なしに伝わってきた。 「凪君。こちら、カウンセラーの神崎先生。」 主治医に紹介を受け、「はじめまして」と一言挨拶をする。 「…どうも。」 先に児童相談所の職員から事情聴取をされていたようで、簡単な意志疎通を図ることはできるようだ。 「私は次の患者さんがあるから、後はよろしくね。」 「はい」 主治医が部屋を出ると部屋はしんと静まり返った。 「飲み物、ほうじ茶でいいか?」 「…え、…はい。」 少年は少し驚いた様子だったが、小さく頷いたので 一応了承を得たということにする。 部屋にあった電気ケトルで湯を沸かし、ティーパックを入れたマグカップに注ぐ。 湯気の立つカップをそっと渡すと、おざなりながらも少年はゆっくりと飲み始めた。 「少しは肩の力、抜けたか?」 急な入院、さらには初対面の大人からの質問攻め。 緊張したり疲れたりしてしまっても無理はない。 ほうじ茶に含まれる『ピラジン』と呼ばれる成分には脳をリラックスさせる効果もあるので、気休め程度にはなるだろう。 強張っていた少年の表情が一瞬だけ、柔らかくなったような気がした。 「また、明日来るから。」 持ってきた紙袋をサイドテーブルの上に置き、代わりにマグカップを受け取る。 「…あの、…お茶、ありがとうございました。」 か細い声だったが、しっかりと目線を俺に向けて少年は礼の言葉を口にした。 恐怖心を宿した虚ろな目。 しかし、その吸い込まれそうな瞳に俺は柄にもなく惹きつけられてしまっていた。

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