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第37話 第三者 2

「翔也、来るなら連絡してくれ。」 「だって湊だけ一人で来てずるいじゃん。」 「抜け駆けは許さん」、と御託を並べながら翔也が部屋に入って来る。 個室だから多少の融通は利くとはいえ、一言ぐらい病院に電話をかけてくれたっていいだろう。 今日は午前授業で部活もオフ。 湊は塾で、一人で来るには都合が良かったとのこと。 ちなみに週末にあった地区予選は無事突破、関東ブロック大会への進出を決めたそうだ。 上機嫌で結果を話す翔也に相槌を打ちながら、やけに多い荷物の所在を聞く。 「勉強教えてください。」 うやうやしく頭を下げられれば断る気も失せる。 学年末試験まで約二週間、進級に問題はないとしても、見舞いのせいで成績を落としたなどと思われたくはなかった。 「動いて大丈夫なのか?」 「自分でも練習しないといけないんだよ。」 参考書を取るため立ち上がる。 基本の歩行動作は大分出来るようになったが、複雑な動きは日常生活の中で慣れていくしかない。 ペンケースとワークを片腕でホールドし、左手は手すりに置く。 神崎先生の治療のおかげか足首の腫れも収まり、痛みも引いていた。 テーブルの上にノートと教科書を広げる。 翔也は別に要領が悪い訳ではない。 ただ、考えることに苦手意識があるのが課題だ。 (…恋愛もこうだったら楽なのに) グラフを描いてから情報を書き込んでいく。 目の前の数式のように上手くいかない恋心、今は関係ないことなのに惑わされてしまう。 「…よし、出来た!」 解き終わった問題に赤ペンで添削をする。 全問正解とはいかないが、この分なら赤点の可能性はほぼ無いと見ていい。 「…本番でこれだけ出来れば平均は超えれる。後はケアレスミスにだけ気をつけろ。」 「やったー!」と喜ぶ翔也に一応釘を刺す。 前向きな性格と姿勢、俺には無いそれが時に羨ましくなる。 「凪先生のおかげだな。」 「褒めたって何も出ねえよ。」 「とか言って教えてくれるじゃん。」 背後から飛びつくように抱き着かれる。 翔也の距離感がおかしいだけなのか。 それとも、一般的に同性同士でこんなスキンシップは当たり前なのか。 思考を巡らせても解らないままだ。 「いらっしゃい。勉強会か?」 事務作業が終わったのか神崎先生が戻ってきた。 軽く挨拶を交わし、ソファに腰掛ける。 「仲良しだな。」 「神崎さんもどうですか?凪、あったかいっすよ。」 微笑ましく見ていないで助けてくれ。 そんな俺の願いも虚しく神崎先生の手が頬に当たる。 「確かにあったかいな。」 成人男性とバスケ部の体格を軟弱な俺が引きはがせるはずもなく、両側から伸びる手からは逃れられない。 冷たいはずなのに、先生に触れられた箇所が熱を帯びたように火照っていく。 「凪、顔赤いぞ。熱でもあんのか?」 「…別に、何ともねえよ。」 (…お前のせいだよ) 翔也の天然発言に悪態をつく。 鈍感だから気づかないだけまだマシだとでも思っておこう。 湊や葵に見られていたら今頃どうなってたか。 「……っ、くすぐるのやめろよ。」 「ここが弱いのか?」 翔也がくすぐった場所をニヤリと口角を上げた先生に撫でられた。 普段はかっこいいくせに、こういうときに限って悪ノリが過ぎる。 (後で覚えてろよ) 結局面会時間終了まで、俺は為す術もなく二人に遊ばれてしまうのであった。

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