「お前を好きになった奴は「自分なんか」ってのは聞きたくない。」 疑心暗鬼だった俺の心に触れる言葉。 勘違いが真実へと姿を変える。 抑えていた感情がかき乱され、歯止めが効かなくなった。 「…ごめん、傷つけるつもりはなかった。」 「…違う。」 そう言われて自分が泣いていたことに気づく。 心の奥底で望んでいた状況のはずなのに、いざ目の当たりすると訳が分からなくなる。 ただ一つ、傷ついたことは否定することが出来た。 「…嬉し涙は、止まらねえんだよ。」 熱を持ったまま頬を濡らす雫を強引に袖で拭う。 俯いていた顔を上げ、正面から向き合った。 ここで拒めばきっともう先生は本音を明かしてくれない。 だから、俺から伝えるべきだ。 「…ずっと、先生の『特別』になりたかった。俺に居場所をくれて、生きてていいって言ってくれたのが嬉しくて。 …離れたくない。俺だって最後は嫌だ。」 不意を突かれたように、背中に回された手が体を包み込んだ。 途切れてしまいそうなか細い声、しかし彼にはちゃんと届いている。 「擦るなよ。せっかく綺麗な顔なのに、勿体ないだろ。」 以前にも似たようなことがあったか。 俺の顔にハンカチを当てる神崎先生にも、また涙が浮かんでいた。 隠していた想いは同じ。 今までの行動が堂々巡りだという事実、急に馬鹿らしくなってきた。 「…二人揃って気づかないとか。」 一番近い距離だからこそ、逆に盲目だった。 「終わり」どころかやっと「スタートライン」に立てたというのに。 「ずっと前から凪は俺にとってかけがえのない存在だった。これからも、一緒に生きてくれるか？」 頷くことで肯定の意志を示す。 触れ合った温もりが俺の自尊心を甘やかした。 「やっと笑ってくれたな。お前は笑顔が一番可愛いから。」 片手で、くしゃくしゃと髪を混ぜられる。 「可愛い」という対象が自分に向けられるのには未だに慣れない。 でも、先生が嬉しそうだから悪くないと思えてしまう。 「じゃあ、続きを頼む。」 「…え？」 「さっきの告白、途中だったろ？」 あれは咄嗟に出た言葉であって、もっと上手い台詞だって見つかったはず。 恥ずかしくて逃げ出したいのに、抱きしめる腕がそれを許さない。 「…あれは…その、」 「凪の口から聴きたい。」 耳元でそっと囁かれる。 輪郭がはっきりした自然と頭に入ってくる重低音。 脈打つ音がどんどん大きくなった。 （…声までかっこいいとか、反則だろ） 意を決して呼吸を整える。 「…俺は先生が、『神崎龍一』が好きだ！」 やけくその叫び、どんなに完璧に形作った言葉よりも真っ直ぐに伸びて人の心を掌握する。 上下する喉仏が彼の動揺を教えてくれた。 照れているのは一目瞭然、勝ち誇った余韻が溢れ返る。 返事を待つ静寂でさえも心地良い。 「ありがとな。絶対にお前を離さない。」 言葉に出来ない嬉しさと二人の間を結ぶ運命の糸。 手繰り寄せた先にある景色には、何があるだろう。 俺の16年の人生で最も幸せな瞬間。 記憶という名のフィルムに焼き付ける新たな誓い。