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第44話 告白
いつになくあっという間に過ぎてしまった一週間。
平常心を装うのにも苦労した。
迫る時刻を確認してパソコンを立ち上げる。
定時で帰れるからか、周りの職員のモチベーションも高い。
「神崎、飲みに行かね?」
「悪い。用事があるから今日はすぐ帰る。」
本当の理由は話せない。
森塚には申し訳ないが、適当な思いつきの言葉で断り、俺は事務室を去った。
* * * *
「戻らなくて大丈夫ですか?」
終業である18時半を過ぎても部屋を出ない俺を見かねて、凪が首を傾げる。
「これから忙しくなるだろ?今日はもう終わりだし、二人でゆっくり話がしたい。」
3月に入れば手続きやら面談がまた増え、二人で居られることも少なくなってしまう。
患者とカウンセラーの関係のシャットアウト。
これは自分自身へのケジメだ。
「…あの、」 「なあ、」
重なった声、同時に発したせいか先が途切れた。
「お先にどうぞ。」と譲られ、一度口を紡ぎ直す。
「…正直不安だ。数ヶ月間、お前と居るのが当たり前だった。それが終わるのが、…辛くなる。」
「…俺も、同じです。」
人生においては百分の一にも満たない期間。
救うはずの患者に逆に助けられ、沢山の物を与えて貰った。
この瞬間を永遠にしてしまえたら。
叶わぬ望みのスケールに苦笑したくなる。
「俺はこれからも凪の傍に居たい。カウンセラーとしてだけじゃない、一人の男として。」
凪の瞳が大きく見開かれる。
窓辺から漏れる月明かりが反射して、アーモンドアイが輝きを放つ。
「…何で、いつも余裕なんだよ。こっちの気も知らないで。」
呟きを否定するように手を左胸、心臓の辺りに置かせる。
心拍数の速さは嘘をつけない。
大人の余裕なぞ、取り繕っているだけだ。
「聞こえるだろ?顔に出さないのは人より上手いかもしれねえけど、俺だって緊張ぐらいする。」
ぐっと何かを堪えている表情、どんなことを思ったのだろう。
拒絶、恐怖、焦りを加速させていく。
崩れた敬語は本音の証拠。
俺に出来るのは、自分の感じたままに伝えることだけなのだから。
「お前のおかげで、本当の気持ちが分かった。凪が俺を信じてくれたから。」
「俺は先生を嫌ったりしない。」と凪は言ってくれた。
あの時の返事が告白しようと思えたきっかけ。
何もせず後悔するぐらいなら、ほんの少しの可能性に賭けてやる。
諦めるのが正論だとしても、それは俺の答えじゃない。
罪だというのなら背負ってでも守り抜く。
(…俺は神なんかじゃない)
全ての者に等しく愛を捧げるなど不可能だ。
たった一人を幸せにする。
人生で初めて誰かを愛する喜びを教えてくれた相手を。
「…何で、俺なんかにそこまで。…いっぱいいっぱいなのに、ずるいことばっか言うなよ。」
「前にも言わなかったか?お前を好きになった奴は「自分なんか」ってのは聞きたくない。」
今ならどんな真実でも受け入れられる。
君の気持ちを教えてくれ。
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