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第11話

 ロベールはその朝、何か夢を見たなと思いながら目を覚ました。  ベッドを降りてカーテンを開け、空気を入れ替えようと窓も開ける。  パリの空はどんよりと曇り、焼き栗の匂いが通りをただよっていた。 『ロブ、ちょっと待ってて、僕いいもの買ってくる』  その匂いに、いつの日であったか、セドリックがそう言って何かを買ってきたことをロベールは思い出す。 『はい、これ。温かいうちに食べよう?』  戻ってきたセドリックに差し出されたのが、紙袋に包まれた屋台の焼き栗だったので、ロベールは苦笑したものだった。 「はは……」  思い出し笑いをしてロベールは、ふと、夢の内容を思い出す。 「ああそうか、セディの夢か」  直、冬が来ようとしていた──       ◉ 『なんですってセディ、もう一度言って?』  それはまだ、ハジメと籍を入れ落ちついた頃にセドリックがベッドへ腰掛け、両親へ電話をかけた時のことだ。  てっきり船の上だと思っていた息子からの連絡に、電話へ出たセドリックの母は困惑していた。 「うん、だからね。好きな人ができて、ロブとは別れたの。今プエルトリコにいて……」 『プエルトリコ!? そんなだってお前、ビザはどうしたの』 「うん、僕もう、その人と結婚してアメリカ国籍になったから、知ってた? プエルトリコってアメリカ国籍……」 『モンデュウ! 正気なのセディ?』  電話の向こうで、母親が卒倒しそうな声をあげる。 『あなた、記憶は戻ったの?? あのロベールと別れるだなんて、どうかしている! ああ、彼に任せておけばあなたにはもう何の心配もいらないと思っていたのに……』 「記憶は……まだ……」 『馬鹿なことは今すぐやめて、帰ってらっしゃいセディ! そう! 今すぐに!』 「待って、ハジメは本当に優しくて、話をしたらきっと分かってもらえる……お願い、ハジメ、両親と話して」 「ああ、もちろん」  側で事の成り行きを見守っていたハジメが、セドリックに差し出されたスマートフォンを受け取って、耳に当てると、相手ははどうやら父親に変わったらしい。電話の向こうでは、こう叫んでいた。 『冗談じゃない! プエルトリコなんて治安も無さそうな国の、得体の知れない男とする話なんてものはない!』  そこで、通話は途切れた。 「切れた」  ハジメは、申し訳なさそうにスマートフォンをセドリックに返す。 「得体の知れない男って言われた」 「ごめんなさい、ハジメ。僕の両親が失礼な事を……」  落ち込むセドリックを何とか元気づけようと、ハジメは話題を変えた。 「プエルトリコって、案外知られてないんだな。そう悪くない街だし、楽しいイベントだってたくさんあるんだぜ? クリスマスシーズンの終わりには4日に渡ってお祭りがあるし、それに年が明けた後には──」 「お祭り? クリスマスにお祭りがあるの?」 「ああ、色んな仮面をつけた人たちで通りがごった返して、それは賑やかなお祭りなんだ。セディもきっとびっくりする」 「それは楽しみだね」  セドリックはハジメの肩に頭を乗せる。 「帰るのかい……?」 「聞こえてたの?」 「ああ」 「帰らないよ。僕はもうこの国の人だもの」 「セディ」  ハジメは、セドリックの両肩を掴んでその顔を覗き込み、言った。 「もしも、セディの記憶が戻って。俺のことよりも大切な人たちのことを思い出したら、帰ってもいいんだ」 「ハジメ!」 「でも、セディがもしも──あいつのところへ戻るというのなら、俺は全力で引き止める」  セディは、ハジメのまっすぐな視線を受け て、微笑みを浮かべる。 「……うん、ありがとう。ハジメ」  それから、顔を寄せると、ハジメの頬にセドリックは口付けを落とした。

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