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第1話 新たな暮らしが始まる

 1970年代、あの頃は何もかもが未熟で、若者は誰もが真理を探していた。ビートニク。ファナティック。熱に浮かされていた。  そしてオルタナティブ、ここでは無い何処かを、夢見て探していた。きっとユートピアがあるはずだ。思想にも政治にも青春にも、そして音楽にも。その頃の風潮は、洋楽が一番、みたいだった。  アメリカ建国200年、みんながアメリカかぶれ。みんなが自由を求めていた。自由なんて幻想に過ぎない事も気にしないで。  その頃の音楽が、何故にこうも心を揺さぶるのか?  今、2024年。 凍夜には全部ブルース。聞こえる音は全部ブルース。言葉は全部ブルース。 「ミコト、もう行く時間か?」 「うん、出勤。」  ミコトはディアボラに戻った。何か仕事をしないとダメになりそうだ、と凍夜にわがままをきいてもらった。  凍夜とミコトは広尾に引っ越した。六本木ディアボラに近くて、通いやすいように。  そしてキースのスタジオがある。 店にはイヴォークで送ってもらう。たまにガヤルドで。でも人目を惹くランボルギーニはミコトの気が引ける。  この前まで住んでいた北関東のタワマン。バブル崩壊後、この日本有数の別荘地にも、リゾートマンションにも、翳りが見え始めて久しい。  もともと静かな避暑地だったこの場所に、無粋なリゾートの波がやって来た70年代。  節税のためにタワマンを購入した番頭の斎藤に、大人になった凍夜は随分反抗した。若者には 金儲けが醜いものに見えたのだ。 「拝金主義。これ以上儲けてどうするんだよ。」 ガキの凍夜には、預かり知らない大人の事情。お嬢様育ちの母と、信頼できる番頭の斎藤。  斎藤は抜け目のない男だった。全ての財産を管理している。何故か、山川家に忠誠を尽くして来た番頭の斎藤も、今では年を取った。  当時、斎藤が精査して、流行に乗らない、管理の行き届いたホテルライクのマンションを購入したのは、結果、大成功だった。  朽ち果て、廃墟のようになって行くリゾマンの中で、初期のグレードを落とさず、静かに高級感を保って生き残っているマンション。  桁外れの管理費を払える入居者しか残っていないから、品位を落とさず管理組合も運営していけるのだろう。  ミコトは凍夜と結ばれた思い出のたくさんあるこのマンションが好きだ。  しかし通勤にはちょっと遠すぎる。それで今は東京住まいだ。

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