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第14話
少し酔いも回った頃、それでもしっかりとした口調で頼政は馨を呼んだ。
「はい?」
大好きなトキさんのハンバアグを口に入れた途端呼ばれたので、口を隠しながら返事をする。
「少し話をするがいいか」
「勿論です。なんでしょうか」
頼政は笹倉とも目配せして、話し始める。
「今までだいぶ頑張って雪を可愛がってくれてはいたが、最後まではさせていなかったな。それを今日からは馨にもやってもらおうかなと思っているのだがどうだろう」
あの約1年ちょっと前のクリスマスの日以来、頼政がやって来た日の夜には毎回馨も参加させられていた。
鞭で打ったりは馨にはできないが、雪を優しく愛撫したり、徐々にではあるが雪自身を口にして雪の欲求を吐き出させたりをしてきたのである。
「旦那様!」
雪が思わず頬をそめて頼政を呼んでしまう。
馨は一瞬何を言われたのかと思い戸惑ったが、次の瞬間激しく咽せた。
「あの…それは…」
慌てて水を飲みくだし、ーちょっとすみませんーと手拭きを口にあて激しく咳き込む。
頼政と共に雪の相手をさせてもらってはいたが、最初こそぎこちなかった馨も、定期的に何もかもを分かった上で身を任せてくれた浮羽が、様々な男女の技を教えてくれて、徐々に雪も馨の行為に感じ入るようになっていった。
頼政が言うように、最後まで…つまり挿入して雪をいきつかせるまではまだだったが、雪が徐々に馨に身を任せるようになるのを頼政はみていて、一度馨に雪を任せてみようかと思ったのだ。
雪の方は、今までは年上の者に『叩かれて、優しくされる』という構図が身についていたが、雪にとって馨は年下だ。
しかも馨は自分を叩いてはくれない。
でもその優しい触れ方が心地いいのも事実で、今までの構図が覆されて少しの間は理解ができなく混乱した日も続いたようだった。
しかしそれを機に、雪のその『年上の者に叩かれて、優しくされる』思考が減っていったと頼政は感じている。
雪には精神的なケアが必要だと思ったことも事実ではあったが、最初は雪の『叩かれたら優しくされる』につけ込んだようで気にはなっていたのだ。
しかしそれ以上に雪が悦び、自分も愛おしく思えた事がこの関係を続けてきた理由だった。
雪の中のその、『叩かれたら』の思い込みが生来の被虐性のものなのか後転的なものなのかがもう頼政には判断がつかなくなっている。
馨が来た時点で雪との関係は10年になっていたが、雪のその思い込みは微かにだがまだ残っていて、これを全部消すためには新しい手法も必要だと思っていたところへやって来たのが馨だったのだ。
雪を任せるには、武家の出だろうと掏摸 に身をやつすまでの経緯がわからなければ雪を任せるわけにはいかなかったが、見るからに素行も良いし、勉強に熱を入れ始めた辺りからは少しずつ最後にはこの子に…と思い始めていた。
「ええ…と、それは雪さんと…?」
最後までしていいんですか…?と言うのを言外に濁して改めて確認してみたが、
「そう言うことだな」
と、はっきり肯定された。
雪は下を向いて恥じらい、馨は急に言われてどうしたらいいか雪を見たり笹倉を見たり目が泳いでしまっている。
「まあ、急がないけどな」
立ち上がってシェルフから今度は赤ワインを取り出し、笹倉に掲げて笑い合いながら、頼政は
「男を当てがうようですまないとは思う。今更だが、もし馨が女性と添い遂げることが希望ならば、俺はそこは否定しないぞ」
と、コルクを抜き新しいグラスに注ぎ笹倉に渡す。
「いえ、そう言う訳ではないんですけど」
雪にしろ、自分の境遇は理解していた。
頼政も年齢が上がって来ている。一生お世話をするのはもう当たり前のことなのだが、その…性的な欲求は無理になったら自分はどうなるのかがわからなかった。
しかしこうやって、そこまでを頼政が考えてくれていることは嬉しくもあり、そして少し恥ずかしい気持ちもした。そんな極々自分の内面のことまで…。
「俺は、雪さんが良ければ全く問題はないです。でも雪さんの心情的には、旦那様の事が…」
「それは当然だ」
心外だなといった顔でそう言う頼政に、笹倉は声をあげて笑う。
「雪に会ってまだ2年にも満たない人間に、俺が負けるわけがない」
それはそうだけど…意が組めずに戸惑っている馨を見ても笹倉は笑っている。
「人の心は変えられんし、もしかしたら雪はお前に身を任せても、俺のことを思い続けるかもしれない。しかし逆もありだ。ただそれだけではなくて、そういったことを全て含めての話を今している」
頼政が言っているのは、恋愛の話ではなく雪がどうあれば…を中心に考えているということだ。
雪の気持ちも大事だが、雪が笑って幸せに暮らせることを頼政は望んでいる。
それを自分にも協力してほしいといって来てくれたことは、馨は嬉しかったし、やっと理解ができて納得も行った。
「わかりました…」
笹倉がーお!?ーと感心した声をあげ、雪は一瞬ーえ?ーと驚いて馨を見たが、色々考えて照れ笑いをする。
馨は優しかった。馨に触れられるようになって一年ちょっとか。
優しく触れられることには最初は物足りなさもあったが、こう言うのもありなのか、と理解してからはなんだか幸せな気持ちも湧いて来ていたのも自覚する。
叩かれるのが好きなのかは自分では判らない。でも、叩かれた後に優しくされるのは好きだったから、ただ優しくされるのにはあまり慣れないなと思っていた。
でも馨との行為は優しさに包まれていて、それは嫌ではない。
「じゃあ決まりだな。しかし自分から言い出しておいてなんだが、『今夜やるぞ、お前がやれ』と言う話をするほど夜は更けてないな」
「全くだよ」
笹倉が手元の皿の鶏肉を煮たものを取って、一口噛みちぎる。
「トキさんの料理、また腕上がったんじゃないか?すごい美味いな」
「トキさん色々工夫されてますからね。俺も色々学んでますよ」
「と言うことは、馨くん料理出来るのかい?」
「出来ると言うほどではないですけど、お腹を満たせる程度になら」
「今度事務所で簡単なの作ってもらおうかな」
もう一個貰おう、と鶏肉を取ってそう言う笹倉に
「料理を作りにお前のところに行ってるわけじゃあるまい。学校にも行くことだし、あまりそっちへ行くことはなさそうだぞ」
確かに美味くなったと、頼政も鶏を口にして今度は仕事の話になっていった。
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