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第16話

 そんな日が続き、学校は夏休みに入った。  それでも馨は朝きちんと起き、朝ごはんの支度中のトキを手伝って、家中の掃除もしてから勉強をしたり、一般教養として雪と話したりする毎日を過ごしている。 「もう少し休んだらどうだ?」  頼政もそう言うが、まあまだ10代だ。疲れは一晩寝れば治ると言って、そのルーティーンを変えることはない。 「ま、倒れてからわかることもあるか…」  今日は久しぶりに雪の部屋で過ごしている頼政は、そう呟いて雪に向き直った。 「最近の調子はどうだ?まだ何か思い出して震えたりすることはある?」  馨に任せてからはそう言うのがなくなったと聞いていたが、それまでには月に何度か発作的にそう言うことがあったようで、そのケアも頼政によって施されていた。 「もう、ないですね。思い出す要素がなくなった気がして、気持ちが楽です」  頼政が向き直った直後にその膝に乗り上がり、頼政を跨いで座り込んだ雪はそのまま抱きつく。 「旦那様に叩いていただいていた時は、その度に楽になっていた気がします…でも…」 「でも?」  雪の肩をもって顔を見るために身体を少し離した。 「楽になるのもそうなんですけど…叩かれるのは…気持ちが良くて、それはそれであってもいいのかなとか思ってみたりするので、まだちょっとよくわからないんです」  目線を下げて恥ずかしそうに言う雪を再び抱きしめて 「人には嗜好というものがあるだろう?タバコが好きとか酒が好きとか」 「はい」 「それと同じような感じで、性的嗜好というものがあってな…」 「性的嗜好?」 「うん。俺はね叩くことで…うん、違うな…どう言ったら良いかわからないが、まあ簡単に言って仕舞えば叩いて相手が気持ちよくなることに性的喜びを覚えるタチなんだ。その逆に、叩かれたり痛い思いをすると性的な喜びを感じる人もいる。もしかしたら雪がそれなんじゃないかと前から考えていたんだよ」  頼政の肩で今までの色々を考える。  叩かれるのを「罰」だと思っていたから今一つピンとはこないが、でも叩かれるのは、優しくされたい以外に嬉しい気持ちがあったかも…と思えば思えた。  でもそれは、叩かれたら優しくされる…と思っていたから、と考えるとそれが頼政の言う性的欲求なのかは、雪にもまだ判らなかった。 「馨に叩かれたいか?」  雪は少し考えて首を振る。 「馨くんはそれができる人じゃないです。叩かれるのは旦那様がいい」  頼政にギュッと抱きついて肩に顔を埋めた。 「どちらも欲しいか、雪は」  髪を撫で、もう片方の手で腰を引き寄せる。 「馨はもう寝てしまったのか?」 「はい、先ほど洗濯物を持って行ったらもう布団で寝息を立てていました。疲れているんでしょうね」 「ちゃんと身体が求めたことに従っているんだな。10代の体力は羨ましい」  雪の顔を上げさせ額をつけた。 「17歳ですからね…私よりも8つも若い…私も無理はもうできないですね」 「おいおい勘弁してくれ。まだ20代半ばだろう」  再び抱きしめて、まだまだ若いぞ、と背中を撫でてやり 「久しぶりに俺の相手をしてくれるか?年寄りだけど」  そう言って笑う頼政に 「そういうこと言わないでください。旦那様とてまだ40(しじゅう)になったばかりでしょう」  膝から降りてあぐらの間に顔を近づける。 「少なくともここは…馨くんと変わりません」  10代と比べないでくれよ と内心思うが両方を知っている雪が言うのならそうなのかな?などと調子のいいことも考えてしまう頼政は、中心を雪に含まれて軽く眉を寄せた。  夏休みも半ば。  その日馨は珍しく何も予定を入れていなく、周りからも少し休めと言われていたのもあって部屋でゴロゴロとしながら、それでも教科書を読んだりして過ごしていた。  家のことも午前中早くにあらかた終わらせ、昼食後片付けはトキがやってくれると言うので、部屋へ戻り少し横になって開け放した障子から見える中庭越しの空を見つめてみる。 ー久しく空なんて見てなかったな。やっぱりちょっとがむしゃら過ぎたかなー  みんなが心配してくれているのはわかってはいたが、自覚はなかった。  でもこうしてゆったり過ごしてみると、やはり少し頑張り過ぎたか…と反省点も多い。  まあでも、頑張りすぎるくらいじゃないと世間一般に追いつけないしなぁ…などと考えている間にうとうとしてきて、それこそ本当に珍しく昼寝などを始めてしまった。  雪も珍しく家でゆっくりしていそうな馨が面白くて、ラムネを持って馨の部屋までやってきたが、畳の上で熟睡している馨をみて、そおっと部屋へ入り寝ている馨の傍に正座する。 「ラムネあるよ〜」  ごくごく小さな声でそう言って、起こすのもかわいそうだけど、寝てるとつまんないというジレンマを、声をかけて起きたら一緒にラムネを飲もうと言う1人ゲームに替え、声をかけてみたのだ。  しかし馨は起きなかった。 「え〜…」  玄関脇の松の木に止まった蝉の声が響き、雪も向きを変えて空をみる。  家の中でも油断大敵と言われ、陽を通さない着物を着て前髪で目を隠すようにして廊下などを歩いている雪にしてみたら、外を見ると言うことは実に久しぶりの行為だった。  入道雲が家の屋根から立ち昇って見えるのを面白そうに眺めて、ここでラムネ開けたら音で起きちゃうかな〜なんていういたずら心も湧き上がり、それでも馨に背を向けて瓶のビー玉を、持ってきた道具で押し込んだ。  ポンッ!と派手な音がしてラムネが溢れないよう慌てて口をつけ、その口のままそうっと振り返ってみたが、どうやら馨は起きなかったらしい。  ほっとして再び中庭を向き、入道雲を見ながら瓶を煽ってラムネを一口飲んだとき、急に首筋に冷たい物が当たりーつめた!ーと思わず声を上げて振り向いた。 「隙だらけだよ〜」  馨がもう一本の瓶を持って、歯を見せていた。 「ずるいなぁ、寝たふりしてた〜」  雪は瓶を咥えたまままた窓を向く。 「ラムネ開ける音は、流石に起きるよ」 「それでも馨くん意地悪だよ。びっくりしたんだからね」  と少し拗ねる。  馨はごめんごめんと言って自分の分であろうラムネを、ポンと音を立てて開けた。 「冷たくて美味しい。ありがとう雪さん」  少し汗ばんだ頬に瓶を当てながら、馨はラムネを一気に飲んでしまう。 「飲むの早いねえ…あ!これは私のだからあげないよ」  喉が渇いていた馨は、雪が持っていたびんをじっと見つめていたらしい。 「え〜、少しで良いからちょうだい。俺喉からからなんだよね」 「ダメだよ。2本しかなかったんだから、私と馨くんで一本ずつ。これは私の」  瓶を抱えるように窓に向き直り、馨から隠すようにした。 「ね、少しだけ。一口でいいから」  もう半分以上おふざけで、特に雪のものを奪う気などはないのだが、暇すぎてこんな風に遊ぶのが楽しかった。 「やだ、だめ」  後ろ向きの雪を背中から抱きしめるように、抱えている瓶を取ろうとした馨は、肩越しに雪の頬に唇が当たり 「あ…」  と咄嗟に身を引く。 「ご、ごめんね。いや、ラムネいいや。雪さんのだからね」  馨は再び畳に寝転がり、同じ方向を見て入道雲を眺めた。 「少しなら…あげてもいいよ…」  雪がそう言って振り向き、 「良いよいいよ、俺は自分の分飲んだんだか…」  言葉が言い終わらないうちに、雪の唇が馨のそれを覆い、口の中に甘いラムネが流れ込んでくる。  顔を少しだけ離して、雪は 「美味しい?」  と聞いてきた。 「雪さん…こういうのは…びっくりしちゃうでしょ」  しどろもどろになって馨は起きあがろうとしたが、それを雪が身体で押し戻し、 「もう少しあげる」  そう言って瓶を煽ってから、また唇を重ねてきた。  それをもう一回された時に、馨はたまらなくなって雪を抱きしめ、雪の舌を誘うように舌を入れてゆく。  雪の息が甘く鼻から漏れるほど深く唇を合わせ、雪の後頭部を押さえて長いこと貪りあった。  唇を離すと糸が繋がるほど長いこと合わせていた唇は、少し痺れてそれが着火剤になった。  馨は雪を畳に組み敷いて、雪のきている着物の前を乱暴に開くと、その肌に唇を這わせ始め、それに呼応して雪の淡い声が上がってくる。 「ぁ…」  控えめな声に一瞬馨は我に帰り、 「トキさんは…?」  と、立ち上がって廊下の障子を閉めながら左右を見回した。  雪は畳が痛かったのか、折り畳んである馨の敷布団を敷きながら 「さっき、八百屋さんと魚屋さんと色々回ってくるって言って出て行った…」  布団まで敷いてやる気を見せてしまって恥ずかしかったのか、布団の上に正座して俯いてしまった。  そんな雪に馨は微笑んで 「ごめんね中断しちゃって、畳痛かったね…」  と声をかけて抱きしめてまた口付けをした。

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