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第22話
道路が瓦礫や凹凸で車が走れない中、人力車だけは頑張って人を運んでくれていて、頼政は3人乗りの人力車を偶然見つけ出し、乗ることに成功していた。
「助かったよありがとう。ところで君は汽車が動いている駅を知っているかい」
人力車に乗りざま、頼政は車夫に尋ねる。
「皆さんさっきの地震で混乱してますからね、私らみたいなのが頑張らないと。で、駅ですかぃ?そうだなあ、さっき上野から来ましたけど、上野は汽車は入ってなかった気がしますよ。どの辺から動いてるのかはちょっと判りませんが、上野に行ったらちょいと聞いてみましょうか。上野から先に行ってる仲間もいるでしょうし」
3人乗りが見つかったのも運が良かったが、なかなかいい車夫に恵まれたようで安心する。
そんな様子で、東北本線に乗るためにはまず上野と言うことで上野に向かい始めたが、上野の近くに笹倉の自宅があるのを思い出し、寄って無事をお互い確かめようと思い寄ったのだが、家は誰も居ずしんとしているだけだった。
「出かけているのかそうじゃないのかわからないな…」
人力車に戻り、深いため息をついた頼政は前橋から連絡をしようと決め、そのまま上野駅へと向かう。
その時笹倉がいなかったのは、そう…馨の元へ出向いていたからだった。
頼政の最初のメッセージが松ごと切り倒され、馨が避難所へ行ったときには雪とトキは路地の奥深くに入り込み、2度目のメッセージは馨の目の前で飛ばされて行った。
そして極め付けは、馨の元へ訪れていた笹倉の留守宅へ頼政が行ったこと。
この全て悪い方へ転がったすれ違いのせいで、頼政、雪、トキと、馨、笹倉達は長い時間をお互いの心配をしながら過ごさなければならなくなったのだった。
頼政達は、上野で車夫が仲間に聞いてくれて、赤羽からなら汽車が動くと言う情報を得た。
そこで、上野まで運んでくれた車夫に少し多めに賃金を渡しお礼を言って、そして新たな車夫を紹介してもらった。
上野から赤羽は、人力車だと結構距離があるから申し訳なく思うが、新しく代った3人乗りの車夫もまた良い人で、ーこれ次第っすけどねーと冗談めかして親指と人差し指で丸を作りながら笑っていたが、遠い道のりを3人運んでくれた。
お陰で夜遅くの汽車に乗り込むことができ、車夫にはーこれ次第〜ーに応えて、また少し料金を弾んで渡し礼を言って別れた。
さて、汽車だが3等席の車両は溢れるほどで乗ることができなかった。
誰もが首都圏から離脱したいのも理解はできる。
先が見えないのでできるだけ節約もしたかったが仕方なく、3人は寝台付きの1等席を取ることとなった。
雪は目の痛みをずっと訴えていて、手拭いに水を浸しながら目に当て続けていたのだが横にもなれずにいたので寝台車はありがたかった。
汽車に揺られて小一時間もすると、雪も頼政も疲れからか寝入ってしまった。
頼政は大きめなボストンバッグをずっと手にしていて腕も疲れたのだろう、右手で左手を揉むような仕草で寝てしまっている。
トキは折角の寝台車だったが、雪の隣に座って時折目に当てた手拭いに水を湿らせながら、雪の目を冷やし続けそして手の空いたときは、頼政の腕をゆっくりと揉みほぐしながら、バッグをしっかりと見張っていた。
そんなトキも夜半に寝入ってしまったのか、朝方の放送で目が覚める。
次は前橋に着くという放送だったので、頼政を起こし雪の手拭いを替えた。
「久しぶりだなーよく来た。無事で何よりだ」
早朝に前橋につき、汽車に乗る前に連絡を入れてあったためか朝早いにもかかわらず、頼政の叔父宗時が迎えに来てくれていた。
「お久しぶりです、こちらもお変わりなくて安心しました」
宗時は、頼政の後ろに控えていた雪とトキにも挨拶に来てくれて、特に雪には
「すぐに診察しような。大変だっただろう。もう平気だから」
と声をかけてくれて、雪はその言葉で少し安心した。
トキの事も知っていて、
「いつも甥が世話になっています。優れた方だと聞いてますよ。これからも長くよろしくお願いします」
と、これまた丁寧に挨拶をくれて、逆にトキが緊張してしまう。
3人は宗時の車に乗って家に向かい、そしてすぐに診察室へと通された。
取り敢えず、頼政とトキは待合室で待機をし、雪は眼科の専門器具で色々と目を診てもらう。
10分ほどで2人は診察室から出てきて、待合室で頼政に説明をしくれた。
「角膜に、細かい破片が刺さっていたよ。それを擦ってしまったから少し深い傷になっていた。もう取り除いたからそれは安心だが、化膿や角膜炎が怖いから、少し点眼と飲み薬で様子を見よう」
と言うことだった。雪は
「ご迷惑をおかけいたしました。ありがとうございます」
丁寧に頭を下げて、お礼を言った。
「早朝に急に押しかけてすぐに診察していただいて本当に助かりました。宗時さんありがとう」
頼政と一緒にトキも頭を下げ、宗時は3人のお辞儀に両手を振ってーやめてくれよこそばゆいーと笑って待合室の椅子へと腰を下ろす。
「いやしかし、随分迅速に動いたものだな。東京は未だ機能麻痺と書いてあるぞ」
と、ここへ着いた時に抜き取った朝刊を頼政に手渡した。
読む暇はなかったはずだが、一面に大きく『帝都機能麻痺!』などと結構衝撃的な見出しが出ている。
地方紙の記者が、写真を撮るだけとって急いで戻ったのだろう。大きな見出しと、写真が数枚載っていた。
「運は良かったと思います。宗時さんに連絡も取れたし、何より都下からだけど汽車が動いていた。失明だけは避けたくて急ぎました。ただ、もう1人の同居人の安否が判らずにいるのがちょっと気がかりなんですけれどね」
頼政は馨を思い浮かべ、やはり自分も地震で気持ちがいっぱいだったのか馨が無事である保証がないことに今気付いた。
ずっと無事だと思い込んでメッセージを残したりしてきたが、なんと言う失態だったか。
雪の目のことで余裕がなくなったのは言い訳にもならない。しかし今はーどうか無事でいてほしいーと思うしかなかった。
無事だったとして、1人残してしまったことも気掛かりで、数日したらどうにか調べを入れてみようと考えた。
その雪は、宗時の妻里美に連れられて母屋へ向かい、それにトキもついて行っている。
本来なら入院加療なのだが、親戚のよしみで母屋での安静をすることになったのだ。
心細そうだったが、トキもいるし、すぐに行くからと伝え渋々と雪は里美について奥の自宅へと向かっていった。
「初めて会ったな、お前が引き取った白皮症の子。本当に綺麗に白いんだな」
「そうなんですよ。調べたところメラニン色素が全く生成されない体質というのは、白皮症の中でも珍しい方みたいです。大抵が、髪が金色であったりするものが多いみたいなんですが雪 は真っ白で…」
「その研究は進んでいるのか?」
「いやあ、海外の症例を取り寄せるばかりで、完治するのかできないのか、そういうことすらわかりません」
新聞を眺めるだけで、叔父との話に没頭する。
「おとなしそうな子だが」
雪は今回の地震で、やっと薄れた記憶や自分の置かれた立場などを思い返してしまったらしく、少し精神状態も戻りかけているようだった。
頼政はそれも少し気がかりなのだ。
「あんな風なので、親から…特に母親から疎まれていましてね、今やっとそのトラウマから抜け出そうとしていた矢先に、この地震で…」
ため息をつく頼政に、宗時が
「まあ、目のこともあるし、しばらくゆっくりしなさい。仕事はここを手伝ってくれてもいいし、お前の父親のところに行ったっていいぞ」
頼政の父親は、高崎で開業していた。
頼政の家は元々東京ではあったのだが、医者一家で頼政の父智紀 は、その実家を出て田舎に質の良い医療をと言う志で高崎へときたのだ。
元々外科専門だったが、それと並行して内科診療も行って今では地域の良いお医者さんとして人気もあった。
宗時は『眼科』という特殊な医療を専門としたために両親にあまり期待されず、それゆえに自由な身だったので、智紀を追いかけて群馬県までやってきた経緯があるのだ。
「臨床できるかな」
頼政は苦笑するが、
「働かざるもの…だぞ」
揶揄うようにそう言って宗時は立ち上がり、朝飯でも食おう、と奥の自宅へと向かっていった。
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