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第3話
「……イクトは、好きじゃないひととでもできるんだ?」
「……結果的には、そうなったな」
「何だよそれ!!」
ナオはまた叫んだ。本当に、何に腹を立てているのか分からなくて、俺は堪らず聞く。
「なあナオ、さっきから一体何に怒ってるんだ?」
「そういうところだよ! 鈍感!」
「鈍感って……やっぱり寝込みを襲ったことが嫌だったとか? ナオが嫌ってる俺が、許可なしに触ったから怒ってるんだろ?」
そう言うと、ナオは口をパクパクさせながら絶句していた。そして次の瞬間には、いつも以上に目を吊り上げてこちらを睨んでくる。
「……やっぱり。全ッ然気付いてなかったんだな!」
「え、どういうこと?」
ナオはそう言うなり俺の残りの服を脱がせた。そして自分の服も脱ぐとお互い生まれたままの姿になる。それでもナオは俺の上から退かずに、俺を睨んでいた。その目は潤んで涙が零れていて、不覚にもそんなナオが綺麗だと思って息子が反応してしまった。こんな時でも空気を読まないんだな、俺の息子。
幸いナオは見てないから黙っておこう。気付かれないかな。
「嫌ってたら、何だかんだ言ってもそばにいるなんてこと、しないだろっ!?」
そうナオに言われて、考えてみればそれもそうか、と納得する。プールの時だって俺を睨みながらも後ろにいたし、授業中や遊びに行く時だって俺の後ろにいた。……あれ? 俺の後ろにいることが多かったと思うのは、俺だけ?
とりあえず、嫌ってはいないことは分かった。でも、どうしてナオが泣いているのかは謎のままだ。
「……ナオは、俺を嫌ってない?」
「そうだって言ってるだろ鈍感!」
じゃあ何で泣いてる、と喉まで出かかって止めた。言ったらもっとうるさくなると本能が告げている。
でもそっか。ナオは俺を嫌ってる訳じゃないんだな。
「そっか、よかった。じゃあここを出るために協力してくれるか?」
俺はそう言うとナオは「まだ話は終わってねぇ」と睨んでくる。あれ、また俺間違えた?
「お前は、ここから出るために俺に突っ込もうとしてた」
「う、うん……」
「しかもお前は童貞じゃないと」
「そう、だな……」
今まで話したことをもう一度聞かれ、なぜかヒヤヒヤする。悪いことをした訳じゃないのに、ナオに咎められているような気分だ。
「しかも童貞を捨てたのは性欲の発散だと言ったな。相手は恋人じゃないと」
好きなひとじゃないんだな、と言われ、俺は頷く。
「好きなひとには、嫌われてると思ってたから」
「は? ……好きなひといるのかよ!? なんだよそれ! 百歩譲って許そうと思ったのに!」
「え?」
また怒り出したナオに、俺は本当にナオの思考が分からなくなった。もう少しで許してくれるところだった? 俺に好きなひとがいるって聞いて、許せなくなったのか? どうして?
ナオが分からなすぎてグルグル考えていると、ナオは俺の息子を握った。だいぶ萎えてはいたけど、半勃ちの息子にまたナオは目くじらを立てる。
「しかもこの状況で勃ってるとはどういうことだ? ああ?」
こともあろうにナオは、そこを扱き始めた。ナオの細くて柔らかい指が先端を行き来している。そう思っただけですぐにいきそうになった。バレていないと思ったのは気のせいだったらしい。当たり前か。
「ちょ、待って、出るからっ」
「誰だよそいつは。言えよっ」
こうなりゃヤケだ、今度こそ引かれる覚悟で俺はナオの手を止めると、ナオを見つめる。するとナオはなぜか固まった。ん? あれ? ナオの奴、ちょっと怯んだ?
「ナオ」
「な、何だよ……」
俺は好きなひとの名前を言ったつもりだったけど、ナオは呼ばれただけだと勘違いしたらしい。
「俺が好きなのは、ナオだよ」
「…………え?」
呆然と俺を見るナオの手を取り、その甲にキスをする。すると光の速度で手を引っ込めたナオ。やっぱり引かれたか。
「い、イクヤ……それ、本当か?」
じわじわとナオの白い肌が赤みを帯びていく。それは顔だけじゃなく胸あたりまで広がった。しかもまた大きな目に涙を溜め始め、あっという間にそれは零れてくる。
「……ごめん」
ナオが俺を嫌ってはいないとはいえ、脱出するために自分の感情にも言い訳をして、手を出そうとしたのは事実だ。俺は視線を落とすと、ガシッと顔を両手で掴まれる。
「──お前は……っ! どうして肝心なことを最初に言わない!?」
またボロボロと泣きながら、ナオは叫ぶ。どうして、と思ったらまた唇を押し付けられた。
「何のために俺が貞操守ってたか、アホらしくなったじゃないか! 責任取れ!」
「……え?」
「え、じゃねぇ! さっさとやれ!」
そう言って、また唇を押し付けられた。正直キスってこんな色気のないものだっけ、と思うようなそれに、ナオがまったく慣れていないことが分かる。
「……脱出に協力してくれるのか?」
「──馬鹿野郎!」
べチッ、と胸を叩かれた。思わず声を上げると、顔を真っ赤にしたナオが、大きく呼吸している。
「ホント鈍感! 鈍い! まさかここまでとは思わなかった!」
「わ、悪い……」
「ハッキリ言わないと分かんねぇか!?」
ナオは胸ぐらを掴む勢いで──と言っても服を着てないので掴めないけど──俺の胸あたりを両手で揺さぶった。正直裸で何してんだろう、と思わなくもないけど、ナオを落ち着かせる方が先かな。
「ごめん本当に分かんない……」
「俺はお前が好きなんだよ! なのにもう童貞捨ててるとはどういうことだ!」
涙の粒が俺の胸に落ちてくる。俺はやっと納得した。そうか、ナオは俺が好きなのか。
「しかも脱出するために協力してくれとか言うし、性欲発散のためにその辺のひと捕まえてヤッたとか……ホント信じらんねぇ……っ」
「ご、ごめん……」
ナオの剣幕に押されて謝ると、キッと睨まれた。
「俺の初めて……お前にやるつもりだったんだよ! その代わり、お前の初めても……ううっ、もら、もらおうと、思ってたのにぃ……っ」
「ナオ……ごめんな?」
また泣き出してしまったナオに、俺は手を伸ばしてナオの頬を撫でる。そういえば、小さい頃からナオは照れると怒る子だった。ナオの照れ隠しが分からなくなったのはいつからだろう? それはきっと、俺がナオへの気持ちに自覚した辺りからかな。
……なんだ、これでは鈍感だと言われても仕方がない。笑って欲しいと思いつつも、近寄ると怒るナオに付かず離れずいたのは、俺の方だ。
「ナオ……」
頬を撫でた手が払われなくてよかったと思いながら、俺はナオの手を取る。
「……一緒にこの部屋を出よう?」
柔らかい指を握りながらそう言うと、ナオはこくりと頷いた。
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